その他のレポート&旅日記
【あなたからのレポートをお待ちしています!】
寺院巡り、グルメ三昧、ゴルフ、トレッキング……。チェンマイ(北タイ)の楽しみ方にはは実にさまざまなバリエーションがあり、それはこの地を訪れた旅人の数だけ存在すると言っても過言ではありません。
このコーナーでは、チェンマイを訪れすばらしいひと時を過ごした方々からサワディーチャオ チェンマイにお寄せいただいたレポートや旅行記をご紹介します。
これから初めてチェンマイを旅行しようと計画されている方はもちろん、リピートトラベラーとなって“次回は何をして楽しもうかな”と考えていらっしゃる方にとっても、色々な方々のそれぞれのチェンマイ旅行のレポートはきっと貴重な情報になると思いますので、チェンマイに行かれ、“私はチェンマイでこんなことをして楽しんだ”という方は、ぜひレポートをお寄せください。
NAKATAさんのゴルフレポート
![]() ラーンナーゴルフコース(撮影:管理人、1994年) |
1月28日からバンコク、チェンマイに29日に入りました。思っていたより観光客が多いので、驚きました。チェンインホテルに入り、早速ゴルフ場へ(チェンマイグリーンバレー)。プレー代が1,200B、キャディーフィーが200B、チップを200Bと奮発し、相場を上げてきました(申し訳ない)。
ワゴン車を1,200B(高いような気がします)で貸し切り移動手段としました。結局、ほかを探すのが面倒で、滞在中はこれを使用しました。
ただ、私の行った時期(1月の末から2月15日まで)は、ゴルフ目的の人は行かないほうがいいと思いまました。韓国から週2便ジャンボ機でゴルフツアーが入っていて、予約のない客の受付はしてくれません。我々は、何とか知り合いをマレーシアから同日に呼び寄せて、割り込みで事なきを得ましたが。
そんな状態でも、コースの手入れはされていました。グリーンはすごく早いです。3パター、4パターが当たり前でした(これは我々のレベルが低すぎるのかも)。チェンマイの18ホールのあるゴルフ場はすべて回りましたが、どこも韓国人ツアーのバスが10台ほど並んでいました。それに増して、マナーがまったくありませんから、気の短い人には向きません。1ラウンド平均、6時間30分もかかりました。
5日の帰りを1泊のばし、チェンラーイのサンティブリカントリーにも行きました。さすがに、ここには韓国人ツアーはいませんでした、予約なしですぐにスタート。“素晴らしい”の一言のコースでした。むずかしさはその人の腕次第ですが、コースの手入れは、おそらくバンコクでも上位に入ると思います。
火曜日は料金割引があり、プレー代がキャディーフィー込みで850Bでした。水曜日は、1,650Bです。チップは、150Bを渡しました。レンタカーは1日1,200B、計2日間で2,400Bプラスガソリン代、チップ、食事代でした。このゴルフコースは、ビール会社の社長が個人で持っていると聞きましたが、定かではありません。
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≪追加情報……チェンマイ&北タイのゴルフ場≫
■ChiangMai Lamphun Golf Club
<コース>
住所:Sankamphaeng-Ban Thi
TEL:053-880880〜4
FAX:053-880888
E-MAIL:chiangmaigolf@chiangmai.a-net.net.th
WEBSITE:www.chiangmaigolf.com
<事務所>
住所:ChiangMai Golf Driving Range
TEL:053-201606〜7
FAX:053-201607
*開業……1990年
*設計……サクン・スカパンポータラム博士
*コース内容……6,919ヤード、18ホール、パー72
*料金……グリーンフィー1,400B(週末・休日1,800B)、キャディフィー190B、ゴルフカート500B(週末・休日800B)
*概要……チェンマイ市内から車で30分ほどの山のふもとに作られている。1995年のSEA(東南アジア)ゲームのゴルフ競技会場として使われた。「Heritage Spa」併設。
■Royal ChiangMai Golf Resort
TEL:053-849301〜6
FAX:053-849310
E-MAIL:golf1@cm.ksc.co.th
WEBSITE:www.royalchiangmai.co.th
*開業……1995年
*設計……ピーター・トンプソン、マイケル・ウォルヴリッジ
*コース内容……6,900ヤード、18ホール、パー72
*料金……グリーンフィー600B(週末・休日1,000B)、キャディフィー200B、ゴルフカート600B
*概要……チェンマイ市内から車で約40分ほどの山のふもとに作られている。広さは約2,000ライ。全英オープン5回優勝のピーター・トンプソンが、イギリスのリンクススタイルのコースをベースに設計した。
■Lanna Golf Club
*開業……1974年
*コース内容……6,884ヤード、27ホール
*料金……グリーンフィー800B(週末・休日1,000B)、キャディフィー150B、ゴルフカート600B
*概要……チェンマイ市内から国道107号線を北に10分ほど行ったところにある、タイではかなり歴史のあるコース。競馬場に隣接しており、一部のホールはその中(トラックの内側)に食い込んでいるユニークなゴルフ場だ。市内に近いのでアップダウンはほとんどない平坦なコースだが、池や小川が多く配置されている。練習場、スポーツクラブ、レストランも併設されており、特にレストランはおいしいと評判で、食事だけをしに来るタイ人もたくさんいる。
■Green Valley Golf Club
*開業……1990年
*設計……デニス・グリフィス&アソシエイツ
*コース内容……7,200ヤード
*料金……グリーンフィー1,200B(週末・休日2,000B)、キャディフィー200B、ゴルフカート500B(1組あたり)
*概要……チェンマイ市内から車で約20分のところにあるチャンピオンシップコース。チェンマイのゴルフ場としては最もコースがよく整備されているとの評判を得ている。と同時に、フェアウエイは広いが、すべてのコースにウォーターザードが設けれられており、またバンカーと木が非常に多く、最もタフなコースであるとも言われているらしい。バニヤンツリースパ系列の「Angsana Spa」が併設されている。
■Waterford Valley Golf Club(チェンラーイ)
*開業……1994年
*設計……ラダー・インターナショナル
*コース内容……6,966ヤード、パー72
*料金……グリーンフィー1,100B(週末・休日1,650B)、キャディフィー200B、ゴルフカート600B
*概要……チェンラーイ市内から車で約35分。多くのホールが池と小川に囲まれており、またアップダウンも結構ある。
■Santiburi Golf Club(チェンラーイ)
*開業……1992年
*設計……ロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニア
*コース内容……7,000ヤード、18ホール、パー72
*料金……グリーンフィー1,300B(週末・休日1,900B)、キャディフィー200B、ゴルフカート660B
*概要……シンハビールのオーナであるクン・サンティ・ビロムバクディの発案によって作られた、アジアでも有数のコースとの評価もあるコース。
■Mae Moh Golf Course(ラムパーン)
*開業……1984年
*コース内容……6,374ヤード、18ホール、パー72
*料金……グリーンフィー500B、キャディフィー150B、ゴルフカート600B
*概要……ラムパーンから30km、チェンマイからは125kmのところにある、まだあまり知られていないコース。山すそに位置しており、フェアウエイもアップダウンがあるように作られている。
【Thailand Tee-Off Serviceの資料をもとに作成】
TEL&FAX:053-350614
E-MAIL:magnus@cm.ksc.co.th
WEBSITE:www.thailandgolf.hostway.net
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トモコさんのタイマッサージ学校レポート
タイマッサージが好きで、できることなら自分でもあの技術を身につけたい、とお考えになる方も多いと思います。チェンマイには、そうした外国人向けにカリキュラムを組んで、北タイ式のマッサージを教えてくれる学校があります。そこに実際に通われて、資格を取られたトモコさんから授業内容や感想を記したレポートをいただきました。少々辛口のコメントもありますが、外国人が受講することのできる、タイでも数少ない北タイ式タイマッサージスクールに関する貴重な情報です。
【このコンテンツは、Rabbitさんのサイト「チェンマイ通信」にあった“チェンマイ生活情報”のコーナーが閉鎖されるのに伴い、お譲りいただいたものです。】
■ITM(International Training Massage)
住所:17/7 Morakot Road Hah Yaek Santitham(YMCAをまっすぐ北に行き、ロータリーを越えたところ)
TEL:053-218632
FAX:053-224197
WEBSITE:www.infothai.com/itm
E-MAIL:itm@infothai.comまたはitm60@hotmail.com
ITMのタイマッサージスクールは、レベルT〜Yまで6段階に分かれており、それぞれ5日間の講習を受けます。講習は、全部で163課程(ここではNo.1〜163と表記)に及びます。各レベルの受講料は2,250B(60USドル)で、6段階分を一度に支払っても割引はありません(以前はあったのですが、今はなくなりました)。
各レベルとも、月〜木に講習を受けて金曜日は終日練習というのが1ユニットになっており、最終日の金曜は、ヨガの後の休憩時間にフルーツやケーキがたくさん出るパーティーもあります。講師兼経営者は、チョンコル・セッタコーン(Chongkhol Setthakorn)先生と奥さんのアチャラ・セッタコーン先生で、それに加えスタッフが5人います。
レベルT は、基本的な仰向け(No.1〜63)でのマッサージについて、4日間の説明を受けます。最後の金曜日は、終日その練習になります。
レベルU(No.64〜134)は、側面、後ろ向き、座った姿勢でのマッサージを学習します。レベルTと同じく、月〜木までは講習で、金曜日は終日練習です。
レベルV・Wは、毎週交代で開講され、それぞれT・Uと同様に月曜日から金曜日までで1ユニットになっています。
レベルTとUは基本的な時間割は同じで、午前9時に授業が始まり、まずはヨガを1時間やります(ヨガを取り入れている学校は、私の知る限りITMだけ)。ヨガの前には、3分くらいの瞑想もあります。ヨガをすると、その日1日の体の調子がとてもよいと好評です。ヨガには出なくてもいいのですが、ヨガの動きを取り入れている施術の動作があるので、出たほうがいいと思います。2〜3週間続けると、体が柔らかくなり女性はスリムになるそうです。ただし、ITMのヨガは経営者のチョンコル先生が北タイマッサージの動きをベースにアレンジを加えたもので、本式のインドのものとは異なります。
10:00〜10:15は休憩。2階で無料の水、コーヒー、紅茶、ココアがセルフサービスでいただけます。
10:15から再び授業開始。先生コース(レベルX・Y)の生徒が、レベルTの生徒を相手にデモンストレーションを行い、その後習ったことを練習します。レベルUの生徒には、チョンコル先生が2階でデモンストレーションをしてくれます。
12:00〜13:00がお昼休憩。
13:00から午後の授業が開始されます。レベルT・Uの生徒は15:00まで練習です。スタッフが横につくので、わからないところはは随時教えてもらえます。レベルVとWの生徒は、別のフロアでチョンコル先生にデモンストレーンと説明を約1時間受けた後、練習です。
15:00に、マントラをみんなで唱えて授業終了です。
≪ワンポイントアドバイス≫
レベルT・U(No.1〜134)を2週間で覚えきるのは無理です。英語ができる西洋人でさえ、厳しいと思います。
授業はすべて英語で行われるので、基本的な体の部分の英単語くらいは覚えていった方がいいでしょう。さもなければ、今、日本ではタイマッサージをすごくわかりやすく解説した本が出ているので、それを買って読んでおくと楽に授業についていけます。受講生はヨーロッパ系の白人が多いですが、世界中の色々な国の人が来ているので、そういった人たちと友達になれるし、価値観に触れられます。日本人同士で固まらないで、英会話の勉強と思ってこれらの西洋人に話かけるとおもしろいです。タイマッサージを習いに来る人は、プロのマッサージ師(西洋人、日本人問わず)か
趣味+お遊びか、これからプロになりたい人に分類することができるかもしれません。特に西洋人は“アジアが好きで東洋の神秘に惹かれて”とか、“ヨガかインドにはまって”とかの濃いメンバーが集まっているような気がします。レイキマスターがいたり、ヨガマスターもいたりで、本当にディープな時があるのでおもしろいです。
レベルVは、“センライン”を学びます。セン(この言葉は日本語の“線”から来ました)とは、もともとインドに起源を持つ考え方で、体には7つのセンライン(例えばセン・カラタリとかがあります)が流れているとするものです。へそを中心に5体に流れているのですが、それに沿って指での指圧、または手の平指圧をすると効果が出ます。
レベルVでは、レベルT、U(NO.1〜163)を習得していることを前提に講義が進められるので、授業はNO.163までの内容にプラスして、センラインに効くマッサージのやり方を習います。
レベルWは“ツボ”について習います。4日間に分けて、かぜに効くツボ、腹痛に効くツボ、疲労効くツボなどさまざまなことを習います。5日目は他のレベルと同様、終日練習です。また、それにプラスしてNO.163までのマッサージ中に、どのツボを押せばそれぞれの症状により効果的に効くかを教わります。
レベルX・Yは、先生向けトレーニングコース(タイマッサージ師範コース=teacher training course)になっています。一応、レベルT〜Wを習ってからこのコースを受講することができることになっているのですが、要は新しく入ったレベルT・Uの生徒達に対して、スタッフに混じってマッサージを教えることがメインになります。
授業中に、チョンコル先生が教えた後に、生徒に対して実技をする際、先生として英語で欧米人を主とする生徒達にマッサージをデモンストレーションします。日本人は、英語が不得意の人が多いので自動的に免除されますが、英語を母国語とするイギリス人やアメリカ人でも、たくさんの生徒たちを目の前にすると手が震えるほど緊張するそうです。私は、友人で英語が不得意な日本人を相手にしました。やはりとても緊張しましたが、やってみるとおもしろく、そしてすごくいい思い出になりました。
先生向けトレーニングコースは、原則としてはレベルT〜Wを終了した生徒が受講できることになっていますが、経営者としてのチョンコルさんは、レベルVの生徒にも「レベルV、Wと同時に先生コースが取れる。」と言って、理解していない生徒達にも受講させています。しかも、一応このコースは2週間としていますが、授業料を払えば1週間でも修了できます。
≪感想≫
よく「私は、タイマッサージの先生コースを終了している。」と言って威張る日本人に会いますが、実際には3週間(これが最高記録)で先生向けトレーニングコースまで修了することも可能なので、中にはメチャクチャなマッサージをする人もいます。にもかかわらず、日本では“タイマッサージの先生”と言ってはばからず、これは実に恥ずかしいことだと思います。
私の友人のプロの日本人マッサージ師は、「2ヶ月いて先生コースを修了しても、まだ練習し足りない。」と嘆く人も多く、またタイ人も「マッサージで、1〜2年くらいの経験ではまだまだ……。」と言っていることをわかってほしいなぁ、と思ったりしています。
先にも書きましたが、マッサージを完璧に覚えていなくても、お金さえ払えば先生向けトレーニングコースの修了証をもらえてしまうのも事実です。また、英語を母国語とする西洋人でも、たったの4週間でこの先生コースに進級して来ていたりするので、レベルTの生徒たちに間違ったことを教えることもあります。言葉のハンディがない彼らでさえ、163の全動作を覚えるのはむずかしいのです。安易に先生コースの終了証を出したりすると、ちゃんと学びに来た人には、ITMに失望させることになります。それで、陰では「ITMは“I take money”の略だ。」とマッサージを習っている仲間内でささやかれたりもしています。
ITMの受講生は西洋人が多く、いい人もたくさんいますが、“東洋人”として私自身がかなり差別された時もありました。でも、おかげで英語力はアップしたし、色々な国の人と知りあえてよかったと思っています。ITMに来る主な東洋人は、日本人です。ITMのチョンコル先生に対して“金の亡者”との評判が立ったりしますが、先生コースが取れるので、それでもみんな習いに来ます。不思議なのは、チョンコル先生にさんざん文句を言っていた私を含めたほかの西洋人たちも、たとえいったんITMをやめても、結局またITMにマッサージを習いに戻って来る、ということです。「実は私たちは、ITMが好きなんだね。」などと話したりしてます。
それと、ITMの朝のヨガはかなり評判がいいです。これは、私の友人のマッサージ受講生仲間達が日本に帰ってから「ヨガテープを送ってくれ」というメールが数回来たことで立証済みです。ちょっと悪口を書いてしまいましたが、これも私がITMを愛してるからです。
とにかく基本の163の全行程を覚えて、完璧に施術できるようになればかなり上出来だと思います。私は半年いて(もちろんたまに旅行したり、行かなかった時も多いですが)、やっと人から「うまい」と言われるようになりました。それでも、まだまだです。これからも、修行が必要だと感じています。
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トレッキング&その他のレポート
チェンマイ(北タイ)を訪れる目的のひとつとして、トレッキングをあげる旅行者の方は多いことと思います。今日ではすっかり観光化が進んだなどとも言われているようですが、豊かな自然と、我々日本人、そしておそらく一般的なタイ人の暮らしからもかなりかけ離れた、山岳少数民族の生活ぶりに触れることは、とても貴重な経験となるに違いありません。
チェンマイ市内は街じゅうに旅行会社があるといっても過言ではないくらいで、その多くがトレッキングを扱っていますし、北タイのほかの多くの街からも出かけることが可能だと思います。管理人は、チェンマイの街からほとんど出ることがありませんので(汗)、このコーナーでは実際にトレッキングに行かれた方々から、サワディーチャオ チェンマイにお寄せいただいたレポートをご紹介させていただきます。
トレッキングというのは、ツアーであればガイドやグループのメンバー、さらには訪れる場所や気候などさまざまな要因によって、その印象は大きく異なってくるのではないでしょうか。そういった意味では、すべてのトレッカーの方の体験やご意見が、貴重な情報になると考えておりますので、タイ北部でトレッキングに出かけた方は、ぜひレポートをお寄せください。
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■若い人にぜひ体験してほしい
8〜9年くらい前、シンガポール、バリ島、マレーシア、タイを回りました。マレーシアのタマヌンガラ国立公園のジャングルを歩いたのもよい思い出ですが、旅の最後のチェンマイでのトレッキングは、最高に楽しく有意義な思い出になりました。
最初に泊まった宿屋でトレッキングの予約をしましたが、客が集まらなかったのか、当日になって突然キャンセルされました。大変楽しみにしていたのでガッカリしましたが、すぐ街に出てトレッキングを扱う会社に飛び込み事情を話すと、ちょうど朝に8人を連れて出発したところとのこと。3泊4日で日本円で8千円くらいで、当時としては少しほかの会社より高かったのですが、信頼できそうだったのですぐに申し込むと、「今からだと、最初の休憩地で昼飯を食べているところに合流できる。」と言うので、私は泊まっているホテルに戻り、自分の荷物を引き上げてその会社の推薦する宿屋に移り、荷物を預けて用意してくれた車に飛び乗って後を追いかけ、みんなが昼食しているところに合流しました。そこにはフランス、イスラエル、ドイツ、カナダの若者が各2人ずつの8人がいて、私を加え9人のパーティーになりました。
引き連れてくれるガイドは若いタイ人で、英語が話せ博識でした。歩いている最中も、植物や動物について解説してくれ、勉強になりました。しかも、林の中でキノコを見つけると、みんなで採取して、夕方キャンプ地でそのキノコを料理して、食べさせてくれました。
2日目には象に乗りましたが、大きな象4頭と小さな象1頭を用意してくれ、2人連れは大きな象に乗り、小さな象には私が1人で乗りました。川の上流に着くと、そこに生えている竹を切り倒し、2つの大きな筏を現地の人が作ってくれ、それに乗って川を下りました。少し危険で、私は岸から生えている木の枝に顔をぶつけて、打撲傷を負いました。下流の目的地に着くと、その筏の竹は、到着地の村人に売っていました。非常に合理的なのに感心しました。少数民族の村も訪ね、その村が用意してくれた小屋で寝泊りしたのはよい経験になりました。
当時、50歳くらいだったので、若い参加者のみんなについて行くのは少しきつかったですが、ガイドの人が私の荷物を持ってくれたりして助かりました。多国籍の若い人たちと数日間共に行動したのは、よい経験でした。会話の共通語は英語でしたが、若い日本の人たちにも、ぜひこのトレッキングは参加してほしいと思いました。
チェンマイに行くと、数多くのトレッキング会社があると思いますが、参加費用だけで選ぶのではなく、少し高くても信頼できる会社にした方がよいと思います。安いところは、途中でみやげ物店に連れて行くという話も聞きます。たぶん、みやげ物店からガイドがコミッションをもらうのだと思います。私が参加した会社は、そのようなことは一度もなく、最後まで大満足でした。今まで、世界中を歩き回りましたが、今でもこのチェンマイのトレッキングはよい思い出になっています。
今も私の部屋には、トレッキングに参加した全員の大きく引き伸ばした記念写真が飾ってあり、それを見ながらこのレポートを書いています。残念ながら、会社の名前などは忘れましたが、通りに面したこぎれいな会社でした。
もう一度繰り返しますが、日本の若い人たちにぜひ、このトレッキングに参加してほしいと思いす。多少の危険を伴いますので、日本で海外旅行保険をかけておくことを忘れないように。
【ゆうちゃんさんからのレポート】
■1日サファリツアー
日本から、Eメールで金額やツアーの詳細などを質問して、迅速に対応してくれたのが気に入って、マールボロ・ゲストハウスが仲介する1日ツアーに参加することにした。今回私が滞在したホテルはアミティー・グリーンヒルズだったが、アマリ・リンカムホテルに行った時電話したら、ホテルまでわざわざ集金に来てくれた。もちろん領収書をいただく。明日の朝、ホテルのロビーに8時半から9時の間にガイドが迎えに来てくれるという。
翌日、朝8時半にあわててロビーに駆けおりる。しかし、ツアーのガイドはまだ来ていないようだった。それから待つこと30分。ついに9時を回ってしまった。何かの手違いで、ピックアップの場所を間違えたんじゃないか、と心配になってくる。しかし、昨日わざわざホテル名と部屋番号まで教えてあったのだから、それも考えにくい。ついにシビレを切らし、ホテルのフロントに仲介者であるゲストハウスへ「ツアーガイドが来ないのだが、どうなっているのか?」と電話してくれるように頼んでいた矢先、ホテルの人たちが「あれが多分そうじゃない?」とエントランスに駆け寄るひとりの女性を指差した。
ガイドの女性は、恐縮そうに遅れたことを詫びた。どうやら、私が最後のピックアップだったようだ。
トヨタの年代もののワゴン車は、すでに参加者たちで満席御礼状態であった。参加者の構成は、タイ人女性とオランダ人男性の夫婦、イギリス人夫婦に女の子、アイルランド人男性と日本人男性の旅行者、それに私の合計8人だ。すかさず、日本人男性にツアーがいくらだったのかを聞く。滞在しているゲストハウスで頼んで800バーツ。むむっ、やっぱり900バーツは底値ではなかったようだ……。少しだけ損した気分になる。
日本へEメールで送ってもらっていた本日のツアー詳細によると、10時から象のトレーニングを見学することになっている。スケジュール通り、10時にエレファント・キャンプへ到着。すでに観光地化されたそのキャンプには、訓練された象たちが大小合わせ30頭はいるようだ。合図の鐘とともに、最初は川で水浴びショー、続いて陸地でエレファントたちの盛大なショーを見学する。内容は、ダンスあり、ミュージック演奏あり、スポーツありのかなり笑えるショーである。私はこのショー、特にダンスが結構気に入った。ショーは20分もすると終わってしまうが、その後、象がチップをもらいに客席までやって来る。バーツ紙幣のチップを鼻で受けるのだ。
ショーの後、少し間があって、いよいよ象に乗るトレッキングだ!しかし、何てことはない、エレファントキャンプ横の規定のコースを約1時間ぐらいかけて象が客を乗せて数珠つなぎ状態に並んで歩くだけのことだ。しかし、こんなに長い時間象に乗ったのは生まれて初めて。バンコクのローズガーデンだってこんなに長くは乗せてくれないし、ずいぶん昔にインドのジャイプールで、有名な「象に乗って宮殿に行く」というのも体験するはずだったのだが、その時は祝日のため、運悪く象に乗れなかったのだ。そんなわけで、今回のチェンマイ象乗り体験にはかなり期待していたのだが、何だかディズニーランドに来たような気分だった。ただ、ディズニーと違うのは、乗り物がホントに生きているってことだけ。象乗りのコースには、バナナを20Bで買って象にあげるための小屋がある。半ば強制的に、バナナを買わされる。
象乗りが終わったころ小雨が降ってきた。でも傘をさすほどの雨でもない。次は、バンブー・ラフティングだ!ガイドが「万一、いかだが転倒して水に浸かるとたいへんだから、荷物を車に残してください」と指示したので、私は航空券やパスポートの入っているカバンを預ける。日本人の男性は「ホテルとかで、たまにパスポートを盗まれることがあるらしいし……」といって預けない。「ここでパスポート取られたら、すぐに犯人はバレるんじゃない?運転手かガイドの2人に1人だからねっ」と、私は結構楽観的だ。肝心のバンブーのいかだは、結構作りが粗末で、そこにツアー客4人が乗り、船頭が1人。ベネチアのゴンドラのように大きな竹ざおを操って、まったく流れが穏やかなピン川を時速10kmくらいのゆっくりしたスピードで進む。ただベネチアと違うのは、船頭が歌を歌ってくれないってことかな。しかし、ガイドがさっき言った「いかだが転覆する危険」は、一体どこにあるというのか?
途中、地元の子供たちのかわいそうな光景を目にする。川に体が半分つかった状態でモノを売りにくるのだ!これはもう、同情のため息を誘うというより、“子供をこんな風に働かせて、親は一体何をしているんだ!”という怒りにも似た気持ちがよぎる。だいたい、こんないかだに乗っているわずかなスキに買い物をしようなんて思う客はほとんどいないだろう。まあ、彼らとしてはほんの気持ち程度のお金がほしいのだろうが……。
とにかく、そんな嘆かわしい光景やピン川周辺に住む人々が象とともに生きている断片をみながら、半ば退屈なラフティングは終わった。
こぎれいなレストランがある付近でいかだを降りて、“さぁ、ランチか!”と思ってレストラン付近の土産屋をのぞいていると、ガイドが「ランチはまだですよ!」と言っている。どうやらその前に「OX CART(牛の荷台)」に乗るアトラクションが残っているらしい。内容といえば、ただ水牛のような牛が引く荷台に4人乗り、10分くらいたいしたことない風景の林の中を走るという、何てことはないアトラクションだったが、それが終わると、いよいよランチだ。
何を隠そう、このランチには期待していなかったけれど、結構よかった。ブッフェスタイルで8種類ぐらいのタイ料理と、さらにその場で作ってくれるタイヌードルまでいただけ、さらにデザートにフルーツとコーヒーまでついている。全種類食べてみたけど、どれもおいしい!これだけで100B分の価値はあると思った。なお、アルコールやジュースは別料金で、ちなみにシンハーの小ボトルが60B、大ボトルが90Bだった。
食事が終わると、途中オーキッド・ファームで退屈な40分を過ごし、普通ならここでツアーが終わるのだろうが、同じグループのイギリス人の女の子が「モンキーセンターに行きたい!」と言うもんだから、私たちもつきあうはめに……。でも、モンキーセンターに入場するのには別料金200Bを払わなければいけない。900Bのツアーでさらに200B?、しかも日本にごまんといる、あのサルたちを見るためにかぁ〜?私は、200Bがもったいなかったので、結局入場しなかった。モンキーセンターに寄ってしまったためにスケジュールがかなり押してしまい、結局ホテルに戻ったのは夕方の5時。あー疲れた。
想像していた通り、今回の1日ツアーは完全に観光客のためにできあがっていたもので少しがっかりではあったが、エレファント・ショーは結構楽しかったし、ツアーに含まれている食事も結構おいしかった。丸1日で900Bは、まあ適正な価格であったと思う。
【Atsukoさんからのレポート】
■象とイカダに乗って……
ナイトバザールから宿泊していたホテルに帰ろうとトゥクトゥクを止めたところ、運転手(名前がタイ語でむずかしく聞き取れませんでした)が日本語を勉強しはじめたということで、話が少し盛り上がりました。それで、行きたかった象乗りとラフティングについて聞いたところ、「明日ボクが連れて行ってあげる」とのことで、料金がひとり400B。2人だったので合計800Bで交渉成立。
翌朝10時、約束前に彼はもうひとりのタイ人の男性を連れてやって来ました。名前はペットさんといい、千葉で働いていたことがあるそうです。日本語も、トゥクトゥク・ドライバーの彼よりは達者で、ペットさんの車でその日一日案内してくれるとのことでした。
ペットさんとトゥクトゥクの彼、私たち4人で普通の乗用車(古いですがエアコンつき)で出発。しばらく走って山に到着しました。ここで、牛と象に乗り、その後イカダでの川下り、ランチ付きでひとり1,400Bとのこと。そのコースに決め、まずは早速2頭の牛に引かれた牛車に、おじさん運転でのんびり景色を眺めつつ30分ほど乗りました。牛車を降り、次は象。象の背中の椅子に座って、川を渡ったり、山の中を歩きまわったりしました。途中で、象にバナナのエサをあげたりすることもできます。また、象使いの人が途中で象から降りて、私のパートナーを自分のいた場所に座らせてくれました。後ろから、象使いの人が象に指示を出していてくれるので、安心でした。時間ほど、象でジャングルの散歩ができました。
最後はイカダに乗って川下り。前後に漕ぐ人がついてくれて、周りの山の木々や、鳥などの説明を英語でしてくれながら1時間ほどゆっくりと下りました。また、川の中に飲みものを売っている、船に乗ったおじさんがいて、ジュースなどを買って飲むこともできました。日本では見られない、ライチーやパパイヤの木、珍しい鳥、サルなどが見れて大満足でした。
その後、またペットさんの車で、オーキッド・ファームに寄り、最後は私たちの希望するレストランまで送っていただき、お別れしました。代金は前日の約束とおり、800Bでした。
高いのか、安いのかわかりませんが、私は満喫できたので、ぜひ試して見る価値はあると思います。
2度目の訪タイでしたが、とっても楽しかったです。来月にはまた行きたいと思っています。
【のんのさんからのレポート】
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中浦さんの“楽園通信”
■4月4日(月) 曇り〜雨・30℃
前日仙台を出て、23:28バンコク着。そのまま空港のロビーでジュースを飲んだり、情報誌を読んだりして過ごす。
早朝5:00、荷物を持参したままトイレに行き洗面、口の中が気持ち悪いのだがメンドイので歯磨きはしない。いったん表に出て左側とメモしてあったので、少し薄暗い中を歩いた。やはり暖かい。雨上がりの空港に“ドメステックエアポート”の矢印が見える。7分くらい歩いて空港に入った。なーんだ、結構お客さんいっぱいいるじゃあねーか。チェックインカウンターも繁盛している。第1便が6:30だったら、まあ普通か。それで近くの列の後ろに並ぶ。意外と早く進み、10分で自分の番。手荷物を横に置いてパスポートにすべてのチケットをはさみ、50代に見える太ったおばさんに提出。1分後声高タイ・スピークで「▲☆$&#*¥★○◇▼◎♂☆●???」タイ語辞書なんか、この際何の役にも立たない。ヒヤリングがまったく効かない。ウ〜、わからん。日本語で言っても向こうだって余計にわからないから、ここは本気で困った。オーマイゴッド。すると、すぐ後ろで並んでいたコンイープンプーヤイ(日本人の大人)、タイ語でペラペラ。そして、「これからこの先も荷物は1個だけかと言っています。」「ええ、1個だけです。」そしてまたタイ語でペラペラ。おばさんその人にニコニコしてパスポートを返してくれた。実際、その日本人が神様に見えた。タイ国にいるのだからその国の言葉はある程度覚えているのが常識だと思うから、恥ずかしさ悔しさ、愚かさをごまかしたくて、大声で「ありがとうございました!」“まったくタイ語ができなくて、しかもいいトシして1人でよく来れたな。どうせ低俗な女目当ての1人旅だろうが。”そのように思われていそうで、その人の顔を直視できなかった。足早に教えられたNO.68ゲートに向かう。で、ゲートに入る前に荷物とパスポートのチェックがあってようやく通過。NO.68ゲート前の待合室で小休止。かなり広いROOM。しかし気になったのは、どこのテレビも映像が映っておらずザーッと雨降り状態なのに、誰も消そうとはしない。おそらく空港内だけでも500台くらいのモニターがあるのではないだろうか。ま、いいか。今タイ国はバブルだから、OK。貧乏なコンイープン(日本人)には電気代が気になったが……。で、6:00近くになって広場の売店がオープンしたので6個あるテーブルの1か所にバックを乗せ、パン2個とミルクコーヒーのような飲み物を1本買って115B。腹が空いていたので味を吟味する余裕もなく食べた。が、1個のパンの中身が甘〜い。そして飲み物がこれ以上に甘〜い。たまげた。それでも少し落ち着いたので、ズラリと並んだイスに戻り座ったところで搭乗手続きが始まった。ゾロゾロ。さすがに今度のフライトはタイ人がほとんどであった(TG100便エアバス)。座席が40Aだから主翼の上で下が見えない。6:50テイクオフ、上空7,500mくらいで水平飛行に入りベルトOffとなったが、メンドイので着けっぱなしとした。ワンタッチではずれるが、頭の重いベルトが下にぶら下がるとエコノミーでは着け直すのに結構苦労するから……。
チェンマイ空港に着陸、へたくそなランディング。ドーンガタガタで7:45。チェンマイはかなりの雨だ。国内線だし何のチェックもない。表に出てみたが雨がしきりに降っていたので構内に引き返そうとしたら、コンカップテクシー(タクシー運転手)のひとりが片言の日本語で話しかけてきたので、すかさずタイ語本を出して色々聞いてみたが、何と意外に通用するではないか。うれしくなって色々聞きまくる。しまいには壁側のイスに座れと言われ、なんと昼頃までこのソムブーンさんに習った。ちなみに辛亥革命の孫文とは縁もゆかりもないそうです。でも華僑系の顔をしていたけど。名刺をもらい、どこのHotelかと聞くのでチェンマイプラザだと言ったら「オー、ナイスホテルだ」とのことで、後でTELすると言うからいらないと言ったら、“なーんだ、ケチ”といったような顔をしていた。ホテルのチェクインは14:00だからそんなに急ぐことはない。また構内に戻りアイスコーヒを飲んだり、入って来て横に座ったソムブーン氏と話したり。「ホテルのシャトルバスが何回も迎えに来るよ、100Bだ」と言うので、「なんだ、有料かい」と言ったら、「向こうの乗り合いビックバスは10Bだ」と言うので、「それではそれにする」と言ったら、顔を横に振っていた。で、どこから乗るのかと聞いたら「あの看板の前だ、30m先。で、そのバスでホテルまでの所要時間は30分だ」と言うので、「OK、コープクンカップ(ありがとう)。」で、看板の前で待つこと10分、少し汚れ気味の大型バスがお客さん6人くらいを乗せてやってきた。とにかく、外国で乗り合いバスに乗るのは初めての経験である。乗ると、すぐ若い女の子が小さな金属製の横に細長い箱を首から吊るして近づいて来て手を出した。10Bと聞いていたので10Bコインを1個渡す。女の子は首から吊るした箱にコインを入れ、近くの座席に座った。で、降りる人は近くなったらボタンを押すと少し行って左側に寄せて停車する。バス停だと思うけど???交通ルールはだいたい日本と同じなんだ。それで30分と聞いていたので、どこかもわからないけど30分きっかりに下車した。どうせ近くにあるのだろうと考え、ウロウロ街並みを眺めながら2時間ほどウォーキングしたがまったく見つからない。あの台湾の女性歌手、テレサテンが宿泊していたことで有名なメーピンホテル前も歩いた。少し陽が傾いてきたので、あきらめて改造3輪車のトゥクトゥクを拾い、「カウチャイマイ。ローングレムチェンマイプラザ(わかりますか?チェンマイプラザホテル)。」で、「OK、OK。」とのこと。それでも15分は走った。何か自分が歩いたようなところも結構あったぞ。そして、ホテルの脇で降ろされて50B。
ぐるりと回って玄関から入る。まず目についたのが1階フロアの広さと調度品の豪華さ。これには驚いた。正に、スゲーと感じた。それで広〜いフロントでホテルバウチャーを出して「コーチェックイン(チェックインしたいのですが)。」片言の日本語が話せる若い男がフロントマンの中にいて、話が早く進んだ。チェックインが17:30頃だったけど、シャワーを浴び少し洗濯をして歯を丁寧に磨き日記を書き、少し疲れたのでテレビを見ながらベッドに横になったが、寒くて替えのズボンをはき、備え付けのバスローブのような物を上から着て、毛布とベッドカバーもかぶり再度横になり、むろんエアコンは止めていた。それで少し温かくなり眠り込んだが、何時頃かドアのピンポーンの音で目が覚め、起きて行きドアを開けると若い女の子。フロントマンのような格好をしていたと思ったが、私の寝ぼけ顔と服装を見て、驚いて苦笑いしながら帰って行った。だったら起こすなと言いたかったが、眠くて眠くてフラフラしながら、ついたままのテレビと明かりを消してベッドにもぐりこんだ。
こうして貴重なチェンマイ初日が簡単に終わろうとしていた。南無阿弥陀仏。
■4月5日(火) 小雨後晴れ・31℃
6:30起床。トイレ、歯磨き、ゴーンヌワット(髭剃り)、着替えよし。さあ、アハーンチャオ(朝飯)だ。鍵を持って部屋を飛び出し、エレベーター前で朝食チケットを忘れたことを思い出し、取りに戻ってから1階まで降りる。エレベーターを出て左前方約20mにパターカーン(レストラン)の入口があり、2人のうら若き女性が微笑みながら優しい声で「サワディーカー(おはようございます)」と挨拶をしながらチケットを回収していた。6枚をホッチキスで留めてあったので店内のほうを眺めながら1枚はずして渡したつもりが2枚だったらしい。中まで追いかけて来て返してくれた。コープクンカップ(ありがとう)。7:30、窓際の席で、さあ時間をかけてゆっくり食べるぞ。大皿に野菜と果物を山盛りにしてテーブルに。次に大皿でパンを3枚、氷の上に乗っていたバター(焼き栗大の丸い塊)を4個乗せてこれもテーブルに。それでもってもう1回大皿に卵焼きみたいなものとウインナー3個と野菜肉炒めのようなもの山盛りにしてテーブルに。そして飲みものはミルクと、豪勢だね〜。クローンタイループ(カメラ)で記録した。
“こんなに食えるのかい?”と思いながら外の緑を眺めたり、食事を楽しんでいる多国籍軍を観察したり、タイ語本を開いたりしながら食べていたらいつの間にかぺロリと平らげた。それで、今度はカフェー(コーヒー)を取りに席を立つ。コーヒーの入ったステンレスの熱いタンク(ドラム缶の4分の1くらいの大きさ)の下のほうに突起がついていて、頭の部分が小さい輪のつまみになっている。その下にカップをあて、つまみを上に引くとトロトロとコーヒーが流れ落ちる仕組みなのだが、とにかくこのつまみが硬い。近くにプーチャイ(男性)の店員が来たのでつまみを持って唸って見せたら笑っていた。つまみの脇に少し食用油でもつけてくれれば解決するが100%やらないだろうな、誰かが火傷をするまでは。意外とコンイープン(日本人)のお客さんは少なくて、この1時間半の間に6人くらいしか見なかった。8:30頃になるとさすがにファラン(西洋人)が多くなってきた。朝食時間は5:30〜9:00となっているから、超ノンビリ屋のファラン達にとってはさぞかし忙しいことであろう。
9時過ぎにハイカムレストランから豪華なフロアに出て高価そうな椅子に優雅な気分で座り、足を組み周囲をグルリと見回す。お客さんより確実に社員か店員の方が多い。レストランでもそうだったが、とにかく多い、多すぎる。日本のレストランだと見える店員はせいぜい5〜7人、ところがここは40人くらいは見えている。フロントマン、ドアマンを入れると総勢250人くらいは働いているのかもしれない。ひと休みの後、フロアを横切り玄関ドアに。若いドアマン2名、片言で「オハヨ、ザイマシ。」「サワディーカップ(おはようございます)。」持っていたファイルを開き玄関でにわかタイ語日本語勉強会を10分くらいやっていたところ、今度は階段下から「ドコイキマスカ?」と別のタイ人とインド人の混血で色が浅黒くて人相のよろしからぬ背が高い男がニコニコしながら話しかけてきたので、ドアマンにサンキューをして今度はその男と5人くらいでたむろしている男達の方に行ったら、皆それぞれが知っている限りの日本語でニコニコしながら話しかけてくる。「ハイハイ、ジャストアモーメント。」ファイルのほかに後ろポケットからタイ語本も持ってきていたので引き出し、それこそ色々話してみる。やはり95%くらいはこの本でも通用する。後は発音がかなり違うので、俺の発音だと首をかしげるから本を指差すと、タイ文字で上に書いてあるので納得して顔を近づけてきてところどころ歯の抜けた口でゆっくり発音してくれるのだ。4回は発音してくれるのだが1回ごとにまねをするからだんだん声が大きくなる。こちらは似ていると思うが、タイの人たちにはどうもまったく違って聞こえるらしい。最後には皆に笑われるから、今度はその部分のジャパニーズスピークと言うと、皆の顔がいっせいにまじめ顔になり自分達の車(この人達はホテルから許可をもらい自分の車を持ち込みタクシーとして働いているらしい。元締めもいてボスだと紹介もされた)からボールペンと帳面を持って来て、こちらが言った発音をタイ文字で記録するのである。タイ文字だけは地元の人が書いているところを見ていても目の奥が痛くなる。何と予想外に、タイ人も結構熱心じゃないか(この後毎日この講習会が続くことになるとは夢にも思わなかったが)。特に背の高いマスカーン(名)ピーノーン(兄弟)には本当にたくさんの単語を教えてもらった。むろんよからぬ単語まで色々教えられたけど。その中でチップの話が出て、「いけね〜、部屋にメイドさん用のチップ忘れた」と言って本とファイルを置いたまま急ぎ部屋まで戻った。昼近くになっていたが、まだ片付いてなかったのでホッとして20B枕元脇のスタンドの下に置いて、すぐに部屋を飛び出した。フロント前で昨日のカタコト日本語を話すお兄ちゃんを見かけたのでそこで立ち話。話してみると結構話せる。40分も話し込んでしまった。思い出したように表に出てコンカップテクシー(タクシードライバー)達に「ヒマか〜?」まだ暇そうにたむろしていた。「ジュース!」と言って手を出してくる。しょうがねえなと知らない振りをして20B紙幣を1枚出したら目を丸くして「ノー、ノー。」で、ロイ(100)Bか?と聞くとウンウンとうなずく。500ccのペットボトル色々5本、中でもひらがなで“もぐもぐ”と書かれた飲み物は、中にナタデココがいっぱい混入されていて冷たくて甘くてはまってしまった。
飲み終えファイルと本を受け取り、さあてブラブラ歩いてくるか。暇なコンカップテクシー連中、シューティングはどうだ、ドーイステープはどうだ、川下りはどうか、ZOOはどうですか、とカタログを手に話しかけてくる。オールノー。タクシーだと街並みがゆっくり見られない。スロースローウォーキングで行くと説明するがわかったようなわからないような顔をしていた。13:30ウォーキング開始。そして町中徘徊。タラート(市場)、ナイトバザールの準備状況など。18:30、いったんローングレム(ホテル)前まで帰ってきたら、丁度マスカーンピーノンの兄が帰る支度をしていた。「ラーゴーン(さようなら)」と言ったら首の前で手を合わせて「サワディーカップ」と言って帰って行った。ほんとに心根のいい人間が多いのかもしれない。ますますチェンマイに住み着きたくなった。ホテルのお兄ちゃんも、ホテルだって年契約すれば半額以下になるし、ドミトリーだって安く買えるところがいっぱいある、と言っていたし。考えなきゃいかんな〜、これは。
いったん部屋に入り、シャワーで全身を洗濯。この小さなシャンプー、何かとってもいい匂いがする。残ったシャンプーで肌着を洗濯。干してから20分くらい横になり、落ち着いたので支度をして1階に。そして出かける前に記入用紙が不足なのでフロントでコピーと聞いたら、「フロア奥の左先にあるビジネスセンターにどうぞ」と言われ、曲がってみてビックリ。きれいな石張りの廊下がずっと続いているではないか。たまげたね。そして大きくてきれいなテーブルが置いてある一角に若くてかわいいプーイン(女性)が1人いたので「コピーイーシップ(20)」と言ったら、「アー、ワカリマシタ」だと。ユージャパニーズスピークベリーナイスと思わず言ったけど、こんな言葉あるのかな?かなりタクシー運転手達の影響を受けている。そして彼女のいるテーブルの前にあったイスに座った。そうしたら奥の方から大きな本を3冊持って来て、「ワタシイマニホンゴ、ベンキョウシテマス。」おいおい、これはコピーどころじゃねえぞ。本を開いたら小学校低学年の内容だったけど、うれしくなってきた。そこで勉強会を約1時間、その間この広い通路に誰も来ないのが不思議だった。もう22:00だ。彼女も閉める時間らしくてなごり惜しいがしかたがない。
一度部屋に戻りコピーを置き、急ぎ表に飛び出した。ナイトバザール、聞いていた噂をはるかに凌駕していた。ずーっと徘徊したかったが、ざわめきに引かれ大きな屋台街に入り込んだ。入口近くで営業しているマッサージ店の声につられてすぐにお願いした。マッサージを受けながら、タイ語本やメモを取り出しタイ語、日本語の発音会の始まりとなった。たまにカタコトの英語も混ざるけど、ワ―ンワーン(暇)なおばさんや10歳から30歳までのプーイン(女性)達も興味を持ち、入れ替わり立ち代りの発音会である。色々やっているうちに靴の発音は?となり、タイ語ではローンタオだがイープンスピークでやれと言ったら、非常にサヌック(面白い)なことに気がついた。タイ人はクツのツの発音が非常に苦手で、クス、クシュ、クチュとなる。クチュなんてまじめな顔をしてこちらをのぞきこんで言われると、笑うなと言うほうが無理。大笑いをすると一緒になって大笑いをしている。これは愉快だ。靴下をつまみ「じゃあこれ、ジャパニーズスピーク。クツシタ。はい、スピーク」とやると「クゥチュチィタ。」予想通りの発音をしてくれるから、またまた大笑い。「ノーノー、クス、クシュ、クチュ、ノー。」と言うと、近くにいるおばさんから若い娘まで負けじとクシュ、クチュと発音してくる。これは愉快愉快。マッサージフィニッシュと言われ、ポンと膝を叩かれサンキュー。靴を履いた後も40分くらいその席に座りっぱなしで発音練習。たまに大笑いするので、ほかにマッサージを受けているお客さんも振り返るくらいだった。24:00の閉店までいたが店を片づけ始めたので、ラーゴーン(さようなら)シーユートゥモローで帰途につく。部屋に入って24:15、歯磨き、洗顔をして、寒いのでエアコンを切り替えてNHKを見ながら横になる。いい匂いがする。思い出した、マッサージ中裸足の小さな子が白い小さな花の蕾で作ったような3重リング、直径60cmくらいの花輪をおそるおそる俺の前に突き出してジッとしている。売りに来たのか?と皆に聞いたら手で追い払うしぐさをしたので、「ノーノー、ハウマッチだよ。」そうしたら、イーシップ(20)Bとのこと。買って首にかけてもらったこの花輪、部屋に入ってこれを電気スタンドの傘にかけておいたからいい匂いがしているのだ。20Bでは安いと思うけど。
しかし、このテレビのリモコンにはONとOffのスイッチがない。テレビまで4mもあるからメンドくて、見ながらつけっ放しでいつの間にか夢楽園の世界にまぎれ込んでしまう。夢の中でもクチュが聞こえそうだ。現実楽園、夢楽園。
■4月6日(水) 晴れ・32℃
本当にココはタイなのか?夕べも寒かったが、今朝もひんやりしている。大先輩からは3月から6月までのチェンマイは暑季にあたり暑くて大変だからよしたほうがよい、と忠告を受けていたが随分と話が違う。それとも今年だけなのか?
6:30、のんびり洗顔、歯磨き、着替えてさあ行くか。ハイカム、モーニング。そしてゆったり、のんびりバイキング。9:00過ぎに1階に出ると、フロアでは多国籍軍がいくつものチームに別れ、この先の現地オプショナルツアーに備えてワイワイガサガサ右往左往。やはり高齢者が多いけど、楽しいだろうな。皆、しわだらけの笑顔で目を輝かせている。
人ごみを迂回して表に出ると、待ってましたとばかりに運転手の1人が声をかけてくる。ハイハイと行くと、植え込みの縁石にカタログを広げ、敷いて座れと手招き。いい連中だ。そして、今日もタイ語ニホン語教室が始まった。30分もすると「ジュース!」と言って手を出してくる。100B出すと、すぐ向いの売店から仕入れてくる。でも、このオレンジもぐもぐは本当にうまい。12:50になったので一度部屋に戻り、髭剃りをしてから日報とタイ語本からの書き写しをする。これは、帰る前にタイ語本をプレゼントしろとマスカーンピーノンに言われていたからだ。再度表に出て運転手と発音会。14:00近くなり、ホテルを出る。
15:40にはナイトバザール側から屋台村の方に入っていく。いくつもの屋台があわただしく(そうでもないか?)、とにかく準備をしていた。昨夜マッサージを受けた店に近づくと「サワディーカー。」昨夜見た顔が7人くらいニコニコしていた。そして数人がたむろしているところの椅子に座れと言うので腰かける。でも、小さな青いプラスチックなので壊れやしないかとすごく気になった。マッサージ用の椅子は色が白く同じプラスチックなのだが、もう少し大きくてしっかりしている。マッサージしようと言うから、ヒーウレーウ(腹へった)。食べるしぐさで、そこの店に行って来ると言ったら、皆ウンウンと首を縦に振りうなずいていたので店の方を指差し、「ラーンアハーン、アローイ?(レストランおいしいですか?)」と聞くと、「アローイ、アローイ(おいしい、おいしい)。」と言うので、ほんとか?隣のよしみでオベンチャラじゃねえのか、と独り言風に言った。しかし、食べ物屋だけは食べてみなければわからない。そして、隣といっても境界線もテープも白線も何もない。面白いのは食堂だ。3軒の店のテーブルの境界線がない。おそらくテーブルの色分けをしているのだろうと思うけど、とにかく食べよう。今日は昼も食べてなかったから。そして、3m先の食堂に入ると30歳代のプーイン(女性)がド―ゾと案内してくれた。店は空いていた。まだ時間が早いのだろう。このプーイン、活発でかなりの日本語を操る。会話が楽だ。少し待ってピクチャー付きのメニューを置いていった。これはわかりやい。値段も出ているし日本のドトール並にS、M、Lの表示と値段もその下に表示されてる。メニューを上に上げて振る。すぐにさっきのプーインが手に小さな注文請書を持ってやって来た。おそらく、この店の支配人的立場なのだろう。それで、空芯菜の炒めたもの、カオパット(炒飯)、飲み物はと聞かれオレンジと反応する(もぐもぐにはまっていたから)。OKで5分くらいでほとんど同時にテーブルに料理が並んだ。面白い。まず少し深めのお皿にスプーンとフォークを入れたものが出され、その後注文品が出てくる。しかし、このスプーンとフォークが日本の夜店で売っているような薄くて軽くペナペナしたものだ。気をつけて見たら、ホテルでも同じ品質のものが使われていたのだが。そしてもうひとつ、街の中でもそうだったが、ジュースとかコーヒーに挿されて出てくるストロー、これがとっても肉薄で強く吸い込もうとするとストローの中が一瞬負圧になるから、それに耐えることができなくてピシャッと潰れるのだ。しかたなくゆっくり吸うのだが、これがホテルでも街中でもやはり同じ物である。ということは、ストローもスプーンとフォークも同じ会社からしか出ていないということか?それはともかく、食べたら結構いける。少なくとも見かけよりは味の方が勝っていた。食べた。カオパットは少し塩分が少ないので、小さな容器で出されたナムプラー、細い青唐辛子の輪切りが混ざっていて、それはペーット(辛い)と聞いていたので液体だけをすくってカオパットにパラパラとかける。あと青い金柑を半分にしたような物も付いていたのでカオパットの上から絞ってかける、少し酸っぱい(プリャウ)けど自分は酸っぱい物がすごく好きなので、一段と味が向上した。あと、テーブルの上に備え付けのビン入りのナーム(水)は無料だから、1本空けてジュースのあとナームケーン(氷)だけ残ったコップに注いで飲む。何か辛い。2杯は飲んだ。その食事中のことだが、またあの小さな女の子(むろん他に男の子もいるしおばさんもいる)が、いつもの花輪を持って横でジッと我輩の食べっぷりを見ているから気になる。食べるか?と言って、スプーンでカオパットをその子に近づけたが顔を横に振った。しょうがねえな。ポケットに手を入れたら、小銭はコインが17Bしか入ってない。これでどうだと手にのせて出したが首を横に振り、小さい声で「トゥエンティバート」と言っているように聞こえた。しかたない。例のおねえさんを呼び、タウライ(いくら?)で120Bの支払いを済ませ、そのおつりで20Bの紙幣で払うと少し頭を下げるしぐさをして、走ってどこかに消えた。親元に行ってお金(ングン。この発音がどうしてもできない。4回ぐらい復唱し段々と声が大きくなると皆に笑われてしまう)を渡してまた花輪を持って売り歩くのだろう。それで、首に花輪をつけていればあとは売りに来ないだろうと思ったらとんでもない。どんどんアタックしてくる。でも、さすがに首輪を持ってマイアウ(いらない)すると結構早くあきらめてくれる。日本の子供達にこの子達のようなマインドが少しでもあるなら、
親を殺したり、知人を殺害したりすることはあり得ないだろう。とにかく、食べた。2つともSサイズだったので少し物足りないが、マッサージ店に行き早速始めてもらう。サバーイサバーイ(気持ちいい)。今日は1時間やれと言うから「ロイ(100)Bならやる。」と言ったが、120Bだと言い張るので、やめないで執行してもらうこととした。
マッサージも終わり、40分くらいはそのままの椅子で日タイ親善の発音教室。爆笑、爆笑。それではまた明日、「ラーゴーン(バイバイ)」と言って店を出た。そして、近くの色々なお店をのぞいて回っていたら、食堂の前で呼び込みをやっているおばさんがいて、もう少し食べたい気持ちもあったので入る。メニューがピクチャー使用だったので、ソーダと肉野菜の炒めものを頼んだ。3分くらいで運ばれてきた。ソーダをナームケーン(氷)の中に注ぎ、飲む。ゲッ、これ味も素っ気もないただの炭酸だ。でも、そしらぬ振りをしたけど。あとご飯も一緒に出てきたし、肉野菜炒めも結構な量だ。そして、どこの屋台も味がいいので満足した。それで、奥の方から引き返しマッサージ店の前をラーゴーンと手を振ってナイトバザールの通りに出て左折、ホテルに向かう。しかし、5mごとにトゥクトゥクのコンカップ(運転手)がアロー(ハロー)と声をかけてくるから、マイアウ(いらない)の連発である。中には「オンナ、オンナ」と言ってところどころ歯が抜け、しかも黒くて卑猥な顔つきで誘いをかけてくる男もたくさんいる。その顔を見ただけでも、これはだめだと思う。
今宵は、ローングレム(ホテル)に10:00過ぎに帰れたから早い方だ。部屋に入り、汗臭い衣類を脱ぎ捨て、洗面台の水抜きを止めお湯を溜めシャンプーを溶かし、そこに肌着を浸す。そしてシャワーで全身の洗濯。これが終わって、浸してあった肌着の洗濯をする。きつく絞り衣物かけに1枚ずつかけ、窓側の背の高い電気スタンドのかさの縁にかける。あとはタイ語の書き写し、日記と、これが結構時間がかかる。12:40頃かな、やっと横になれたがやはり少し寒い。明日こそはパジャマを買うぞ。NHKを見ながらいつの間にか極楽に入ったようだ。4月6日、人生の中の貴重な1日であった。色即是空・空即是色。
■4月7日(木) 晴れ・32℃
7:20、テレビの話し声で目が覚めた。確かめたらNHKでのニュース。しばらく見入ってしまい、洗顔も忘れていた。トイレ、歯磨き、洗顔と今日は一気にこなす。着替えている間も花輪の香りがすごい。1階のパターカーン(レストラン)ハイカムに、「サワディ〜」の声を聞きながら入る。チケットを1枚渡して、さあ今日は何を食うか。まだ食べてない物はないか。大皿に色々並べて運ぶ。野菜、果物は豊富だが、硬いものが多いこと、あと湿度が低いこと、すぐ表面が乾燥する。エアコンのせいもあると思うけど。ゆっくりバイキングを楽しみ、最後はのんびりコーヒーで仕上げ、しかしコンイープン(日本人)はいつも4〜6人しか声が聞こえない。モンゴロイドの範疇に入る台湾、中国、韓国は顔つきが似ているので発音を聞くまでわからない。欧米人は絶対に同一民族だと思っていることだろう。
9:00過ぎに豪華な1階に出る。大きな窓から表を見渡すと、いつもの連中がブラブラしている。しかたない、また相手をするか。出て行くと、ニコニコしながら手招きしている。小さな日タイ交流の始まりだ。プーインコンイープン(日本人女性)に対しての話しかけ方、“ハーイ、ソコノキレイナオネ―サン。タクシーイカガデスカ。キレイナヒトハヤスクシマスヨ。”これだけロングになると、なかなか続けて言えないらしい。「プーチャイ(男性)の時は?」と聞くので、「シャチョ、シャチョはもう古い。これからは、ハーイソコノイロオトコ、タクシード―ゾ。イロオトコハヤスクシマスヨ。」で、よし、としきりにメモしていた。そしてしばらくしたら、中でも若い髭面の男が飲むしぐさをして手を出してきたので、髭剃れと言って他の男に剃るしぐさをして、タイスピークと言ったら「ゴーンヌワット(髭を剃る)」とのことなので、ココは仏教国、髭は必要ないし、特に日本人女性は怖がるから。まあここにいる方々は髭を剃っても怖がられることに変わりないけど、心は優しくていい人達ばかりだ。俺に対しても「ユー、心のナイス人。」と言っていた。しょうがね〜な、毎日かよ、と言いながら100Bを髭に渡す。イェン(冷たい)もぐもぐ、ナタデココのたくさん入ったオレンジジュース。これにははまった。旨い。でも、この髭が翌日にはきれいに剃ってきたから、「ナイス。ナイスフェイス!」と言ってほめてあげた。
11:00頃に一度部屋に戻ると言ったら、昼寝かというので「ノー。シャワーを浴びる」と言ったら、フンフンとうなずいていた。ちょうど12時頃だ、ROOMに戻り、シャワーを浴び全身洗い、ゴーンヌワット。バスタオルを巻いて出たところに、ピンポーン。ドアを開けるとメイドさん。OKかというので、OK、どうぞ。自分が窓もカーテンも全開にしていたから閉めようとしたので、オープンオープンで開けたままにしておいてもらった。メイドさんが整理清掃をしている間に、シャワールームで着替えた。それで今度はタイ語本をメイドさんに試してみたが、それほど熱心ではなかったので、タイ語写しほか。日報の書き込みなど残っていたことをどんどん書き写していくも、これではここにいる間にすべて書き移すことは不可能だと感じた。腹が空いたなと思ったらもう19:20。いけね〜、急ぎ部屋の明かりを消して、ノートも持たず表に飛び出した。表にはまだコンカップタクシー(タクシー運転手)達が3人いた。「ドコイクカ?」と言うので「ヒウレーウ(お腹が空いた)。ゴーラーンアハーン(レストラン)」でアローイアローイ(おいしい)屋台と聞くとホテル前のソイ(小道)を入って行くと、屋台があるとのことでOK。すごく赤いネオンでワイワイやっているホテルまん前のカラオケ屋の呼び込みが執拗だったが、知らん顔してソイを20m直進、左折して30m進み塀のドアの開いてるところが右側にあって向こうの方がえらくにぎやかで、ドアから入り大きな駐車場を50mくらいで抜けたら見たことがある場所に出た。何のことはない、いつも来ていた場所である。昨日まではこの近道がわからなくて、遠回りしていただけだ。それでいつものマッサージ店に行くと、ここに座れといって小さな椅子を出してくれた。そして、メモ帳とペンを持ってきて、冷たい水を出してくれたりしたが、ヒウレーウ(お腹が空いた)だから食べて来ると、しぐさをして隣を指差すと、ウンウンといって首を縦に振る。それでいつもの席に座る。いつもの支配人、ニコニコしてメニューを持参したので、ヌンカフェーイェン(アイスコーヒーひとつ)、であとはメニューを見ていつもの2種類と、肉ウインナー野菜炒め、入れる肉はすべてガイ(鶏肉)でオールミディアムと言ったらいつもの支配人、目を丸くして「ダイジョウブ?」と言うから「ヒウレーウ」と言ったらOKと横目で笑いながら下がっていった。先にカフェーイェンが来ていたので飲みながら待つこと5〜6分で3種類の料理が運ばれてきた。これを見て、これはやばい。すべてがSサイズの倍はある。でもチャレンジだ。例のごとくカオパット(炒飯)にナムプラーをパラパラ、チビレモンを絞りかけ ペナペナのスプーンで食べる。うまい。空腹だったのでガツガツ。ここの広場は3,000坪くらいの敷地に数10軒の夜店が立ち並ぶ。ここもナイトバザールの一部だから18:00から24:00までの営業とのことだが、なぜかすごく楽しい。日本ではあり得ないことだ。それでガツガツ食べていると、例の花売り娘がいつの間にかそばに立ってジッと見ていた。あまりに痩せた子供たちばかりなので、すぐ「食べるか?」と聞いてしまう。顔を横に振る。この子達はお客さんの食事を少しでも食べると大変な目にあうのかもしれない。すぐに20B紙幣があったので、首にかけてもらい支払う。そしたら今度は盲目の小柄な爺さんが、これまたヨレヨレの7歳くらいのルークチャイ(男の子)に手を引かれそばに来て「▲☆$&#*¥★○◇▼◎♂☆●!!」今宵はゆっくり食べれないな。しかたなく5枚あったコインを子供が持っていたコップに入れてあげたら、また何か「▲☆$&#*¥★○◇▼◎♂☆●。」お経のような呪文のような祝詞のような、言葉を唸ったあと立ち去った。で、今度は以前花輪を買ってあげた見覚えのある小さなプーチャイ(男性)、横で花輪を持ってジッとしている。もう買ったからマイアウ(いらない)と言って見せてもこちらの目をジーッと見ている。食うか?と言っても顔を横に振る。こんなに痩せていて食べたくないわけがない。それでは写真を撮るか?と言って左手で持ってパチリ。斜め左向かいでプーインコンイープン(日本人女性)2人連れ、27〜30歳くらいか、こちらを見て笑っていた。そうしたら向かいのテーブルで、食事中のアラブ人風の夫妻のだんなのほうが写真撮るか?のしぐさをしたので、お願いをした。パチリで、サンキュー。色んなことをやりながらの食事、時間ばかりかかり食べ物がみんな冷めてしまった。気温が高いから気にならないけど、さすがに量が多い。1時間半以上もがんばっていたが残した。支配人を呼んで「イム(満腹)、ポーチャイ(満足する)、
ラーカータウライ(いくらですか?)」と言ったら笑っていた。そして「ラーカータウライ、ヨイハツオンデス。デモコノバアイハ、チェックビンノホウガワカリヤスイ」と言われた。OK、ファイルにメモる。さすがに345B。でも、あれは普通の人で2人前はある。ようやく目の前のマッサージ店に移動した。そうしたら皆が休む場所の椅子に座れとのこと、そしてニコニコしながらメモ帳を持ってきた、日タイ親善発音会の始まりである。それにしても、ングン(お金)はいくら真似をしても笑われるので、こちらも靴を指差して、イープンスピークとやると、向かいや周りでクシュ、クチュ、クスが始まるから大笑い。ノーノー。クシュ、クチュ、クス、ノー。ク・ツとやる訳だが、いくらやっても同じだから「OK、OK。マイペンライカップ(気にしない)」と言うと、“あ、馬鹿にしてる”といった顔をする。これは楽しい。とにかく予定を立てない旅行ではこんな楽しい思いができる。正にツアーにはない楽しみである。この国の人達は生きている。今日がよければそれでハッピーなのだ。明日なんてそんな未来のことはわからない。昨日?そんな過去のことはとっくに忘れた。真にマイペンライなのだ。日本人のように、数10年先までの安心を考えて現在の無理を担保し、大切な人生のピーク時を楽しみの少ない現在の延長で失ってしまうのは、人間として実に悲しい行いではないだろうか。数日前、道路で出会ったトゥクトゥクの若い運転手、「日本語スモール、スモール」と言いながら結構な発音会となったが、イープン(日本)では1年間で35,000人自分で死ぬと、理解してもらうのに30分はかかったが、目を丸くして「タイでは、ない」と言っていた。これは本当かはっきりとはわからないが。大笑いしながらの発音会もすぐに24:00になり、片づけが始まる。ラーゴーントゥモロー(気持ちが伝わればよい)でローングレム(ホテル)に戻り、洗顔をして着替え、日記、タイ語写し他で1:40。
今日も実に楽しい思い出を脳裏にメモリーできたこと、正に幸いなるかな、である。今晩も涼しい。ラートリーサワット(おやすみなさい)。
■4月8日(金) 晴れ・30℃
7:30トゥーン(起床)。ゆっくりとトイレ、歯磨き、洗面、そして着替え、1階フロアパターカーン(レストラン)ハイカムに。またノンビリと食事をするか。今朝のアハーンチャオ(朝食)の会場にはコンイープン(日本人)の姿は……男3人、やはりグループで、安全上グループで行動した方が危険が少ないから。特にイープン女性は……。俺なんか1人で夜道をものほしそうに歩いていても、声をかけてくれるのはせいぜいトゥクトゥクの運転手か売店で呼び込みをしているおばさん達くらいのものである。
9:00近くになり、アハーンチャオを終えてフロアに出る。今日は意外と多国籍軍も少なくて、大きなフロアがしっとり静かでなかなかよい。豪華なソファに腰を下ろして小休止。ローンタウ(靴)の紐を結び直して、さて今日も恒例の交流会でもやるか。ドアボーイ「モーニング」、俺「サワディーカップ。」階段を降りて左前方に目をやる。案の定30mくらい先で手を上げている。「ビジネスは?ルークカー(お客さん)は?」顔を横に振っていた。それではしかたがない、講習会を始めるか。これはマッサージ店でも使用したネタだが、プーインコンイープン(日本人女性)の誘い方「ハイ、ソコノキレイナオネーサン、タクシーイカガデスカ。キレイナヒトハトクベツヤスクシマスヨ。」1字ずつ発音してあげると、それをタイ語でメモしていく。メモが終わると、はい、ジャパニーズスピークでたどたどしく発音するから、「だめだめ、もっと続けて」と、もう日本語である。何回も繰り返し教えるが、この一文でも彼らにはかなりの長文と感じるらしい。はい、もうひとつ。「ソコノブスノオネーサン。タクシーイカガデスカ。ブスナヒトハ、スコシタカクナリマス。」これもまた一生懸命メモをしていた。次回行く時は別のホテルに泊まろう……。
皆でジュースを飲んだり、リアン(勉強)したりしていたが、11:00頃になって日差しが最高潮。さすがに暑くなり、一度ROOMに戻ることにする。昼寝か?とポーズをするから「NO。リアンリアン」と言って、ラーゴーン(さようなら)。部屋に戻り、面倒だがシャワーを浴びて汗の物を少し洗濯して、例のスタンドの傘にぶら下げてから窓を開け、タイ語本の書き写し作業。明日にはマスカーンピーノンの弟にプレゼントしなければならず、マジでがんばる。途中メイドさんが清掃に来たが、気にしないで書き写し。14:00頃ズ〜ンと眠くなり、書き写し作業を投げ出してベッドにゴロリ。おもて着のまま眠り17:00頃に一度目が覚めて起き上がったが、どうにもマイサバーイ(具合が悪い)。頭の芯が痛くて風邪の症状。これは大変だと思い、色々着込んでベッドにもぐり毛布、ベッドカバーなどかぶり再度寝ることにした。何のことはない、マスカーンの言った通りになった。そして、次に起きたのが22:00頃、なぜか風邪の症状もすっかり消えていた。書き写しの続きを30分で取りやめ、腹が空いたので着替え、ローングレム(ホテル)向かいの近道を通って屋台村に行く。いつも同じラーンアハ−ン(レストラン)ではなく、今晩は奥側のラーンアハ−ンに入ってみた。まずメニューを持参して、ビアー(ビール)?ときたので、マイアウ(いらない)。メニューがピクチャータイプではないので頼みづらい。そして、トムヤムときたのでヌン(ひとつ)と答え、他にも2種類の料理と飲み物を注文した。人慣れしたプーイン(女性)2人、ここでもまたにわか発音会となった。約5分で料理が並ぶ。トムヤムクン、初めて食する。甘酸っぱくてドロリとしたスープ、レンゲも付いていたが、とてもダメだこりゃ。この中のエビ、キノコはうまかったが、榊の葉みたいな物、笹竹の茎のような物、これはニンニクの茎かと思って一気に口に入れたらカチンカチン。何だ、これは?別のお皿に出して、これは?と指をさしても、笑ってマイペンライ(気にしない)でした。他の料理はアローイ(おいしい)が。そして、食べてる最中にまた顔なじみの花売り娘が花首飾りを売りに来た。もう顔見知りで今日初めての花は100%買ってくれることを知っているので、はるか彼方から目ざとく見つけ息を弾ませて売りに来たのだろう、肩で息をしている。ナーラック(かわいらしい)娘、7〜8歳くらいか。わしの年齢からすると孫にあたる。それで、その子の目前にそっと1,000B札を出してみたら、戸惑った目つき。一部始終を眺めていた店員プーイン(女性)2名が大笑いして「イーシップ、イーシップ(20、20)。」を笑いながら繰り返していた。それでからかうのはおしまいにして、花を首にかけてもらいイーシップB札を1枚支払う。安心したように「コープクンカー(ありがとう)」と小さい声で言って走り去った。やれやれと残りの食事を済ませた頃、今度は店員プーイン2名がアイスをおごれと来た。さすがチェンマイ、OKOKで3分もしたらアイスが3個運ばれてきた。店員プーイン2名がコープクンカー。俺「マイペンライカップ(どういたしまして)。」それではデザートをと思ったところに、これまた顔見知りのプーチャイ(男性)が花輪を持ってアタックしてきた。トゥモローと言ってもわからんだろうし、しょうがねえ、アイス食うか?口元にもって行く。そしたら何と、にっこりうなずいた。へー、今まで数回にわたり食べるものを勧めたが絶対に食べなかったのに。うれしくなってほとんど彼に食べさせてしまった。そして花を示しノーサンキュウで彼は走り去った。聞き分けがよい。アイスが効いたな。チェックビン(お会計)で350B支払いをして、近くのラーンポンラマーイ(果物の店)に立ち寄る。もう閉店間際で少しかたづけ始めていたけど、マンクット(マンゴスチン)とンゴッ(ランブータン)それにメロンのカット済みの袋入りを買い求め、ホテルに持ち帰る。
シャワーで全身クリーニング、少し洗濯もしてきつく絞り、バスタオルのままで例のスタンドの傘に干す。肌着を着て替えのズボンをはき、ガウンのような物を着て持ち込んだポンラマーイ(果物)を食べる。しかし、マンクット(マンゴスチン)はこちらで初めて食したが最高に美味。これは今までに味わったことがない。はまり込みそうな果物である。満腹で〜す。歯磨きをして、ベッドに入る。テレビ(NHK)を見ながら今日も楽しくて有意義な1日となったことに感謝。ラートリーサワット(おやすみなさい)。
■4月9日(土) 晴れ・35℃
6:30トゥーン(起床)。のんびりのんびりトイレ、歯磨き、洗面、そして着替え、1階フロアのプーイン(女性)にサワディーカップ。みんな胸の前で手を軽く合わす、サワディカー。さあ、ゆっくり見物できるのは今日だけだ。アハーンチャオ(朝食)でハイカムレストランに入ったのが7:30。ゆっくりバイキングを楽しむ。いつも1人なのが少し辛いかな。まさか運転手連中を連れてくる訳にもいかないし。8:50レストランを後にする。今日は異常にフロアがにぎやかだ。正に多国籍軍に占領されている。その中をかいくぐり、入口ドアボーイにサワディーカップ。出るとアロー、コンカップテクシー(タクシー運転手)連中が暇そうな顔をして手招きしている。そして今日もまた日タイ親善教室が始まる。トゥデイズファイナルジャパニーズスピーク、アーチャン(先生)。しばらくすると、「ジュース」と手を出してくる。ついに最終日までジュースを買うことになった。まあいいか、次いつ会えるかわからんから。タイ語本は今日の昼頃マスカーンピーノンの弟の方にプレゼントした。使いづらいと思うけど、前からの約束だから。日本人の持ってる物だったら何でもいいのか、時計もプレゼントしろしろとうるさかった。他の運転手達はローンタウ(靴)をチェンジしようと言うし、そんな汚ねえ靴と交換できるかと冗談を言いながらも「明日の5:30頃誰か来てほしい。フライトは7:00だけど。」と話したら「OK、OK。ダイジョブ。」仲間同士でそれもまったくわからんチェンマイ弁で話し合っていた。13:00頃になって、それではラーゴーン(さようなら)と言って散歩に出かける。ローングレム(ホテル)前の屋台村への近道を行こうと道路を渡り20mも進んだあたりでトゥクトゥクの若い運転手に「ドウデスカ?」と声をかけられ立ち止まった。「ジャパニーズスピーク、OK?」と聞いたら、首を横に振っていたけど、そこでまた汚れたファイルを開き、ここでも発音会の開催だ。日陰に入って座れと言ってくれたり、日本語の発音をメモしたり、結構日本語に関心が強い人が多いことを知った。そして何だかんだと40分間も話し込み、それではラーゴーンをして、ナイトバザールの通りを歩く。暑くて、道路端で冷たいシェイクのようなものを売っていたので、「コーヌン(ひとつください)」でうなずいて、青いポリバケツの蓋を開けプラスチックのコップに小さな柄杓で中身をすくって入れストローをさしてシップ(10)B、日本円で25円くらいである。これまたワーンマクマーク(すごく甘い)。
今日は暑いから30℃くらいあるのか、でも耐え難いほどではない。それでもさすがに暑くて2軒の店にジュースとかコーヒーを飲みに立ち寄った。2軒目のラーンカノムパン(ラーンは店、カノムパンはパンとなるはずだ)、この店は他と違いかなり大きくてきれいな建物で中には大きな日本料理店が入っていた。店先でメニューをながめたがやはり現地では高価で、地元の人はほとんど利用しないだろう。それで覚悟して買ったカフェーイェン(アイスコーヒー)とケーキ、特にケーキはどのくらいワーン(甘い)なのか……。カフェーイェンのほうは予定通り甘かったが、ケーキの方はそれほどでもなかった。カフェーイェンの甘さで麻痺したのか?そこで少しノンビリ、ファイルの日記にメモをしたり、外を行く人たちをボンヤリと眺めたりしていると、何とすぐ後ろで懐かしい日本語が聞こえるではないか。振り返る私とその家族のご主人と同時に声をかけあった。関西弁で返事が返ってきた。4人家族で2人のお子さんはまだ4〜5歳くらいだから、類推するに30〜32歳くらいのご夫婦だと思う。チェンマイに来て初めて日本人と話したのでそれはうれしくて色々話したが、話し足りない。それでも10分は話したと思うけど、3分ほどの長さにしか感じなかった。これから列車でバンコクからマレーシアを抜けてシンガポールまで行くとのこと。それは楽しいですね、是非道中お元気で、そしてよい旅となりますように、とのことで名前もどこから来たかも聞かないでお別れした。離れ行く後姿に“がんばれよ”とつぶやく。帰る道すがら衣料店に入り、薄いモンペみたいなパンツとアロハシャツ、それに薄くて白い長袖と半袖の中間のようなシャツ(これはあごの下と両裾に切り込みの入ったもの)3枚買って750B、今回の旅行でこれまで最大の買い物である。やっとパジャマ代わりが買えた、それも最終日に……。
帰る途中、いつもの屋台街に入って行く。まだ16:30頃なのでオープンしていないかと思いどんどん進んでいくとなじみのマッサージ店が目に入り、行くと準備をしているところだった。さすがに少し日が傾いてきたとはいえ、まだまだ強い日差しだったから屋台の数もピーク時の30%くらいだろう、思い思いの段取り作業をしているである。なじみのマッサージ店に顔を出す。すぐに小さなイスを出して座れと言う。いつものメンバー、プーチャイ(男性)が4人、プーイン(女性)が10人、その家族(?)が7人。店の仕切りもはっきりしないけど、どこの社(?)の社員かもまったくわかりません。マイペンライ社なのだろう。「まだクローズですか?」と聞くと、「できますよ(むろん身振り手振りで)」とのことなので、ヨ〜シ今晩でここも最後だから本日最初の客でいこう、でも30分60Bでやってもらう。施術(?)を受けていると日差し位置がずれ、体に日が当たる別のおばさんが大きなアンブレラをずらして日陰に入れてくれる。サンクス、手を合わす。そしてマッサージを受けながらいつもの発音会が続く。客は俺1人、サバーイサバーイ(気持ちいい)。「30分をオーバーしているよ」と言うと、足を下ろしてくれる。ローンタウ(靴)をはき直し、そのまま発音会は続く。冷たい氷水を出してくれたり、娘達の食べてるスナックをくれたり、やはりお菓子もワーン(甘い)。そんなこんなで約2時間。おっと金を払うの忘れていた、ごめんなさい。でもその時は手を合わせてからお金を払った。19:00になり腹が空いたので3m先のラーンアハーン(レストラン)に行くと、太り気味のおっちゃんが、どーぞどーぞとテーブルまで案内してくれた。ところがいつもの支配人(娘か?)がすぐにかけつけて、そのおっちゃんに余計なことしないで向こうに行ってなさいとばかりに手で追い払う仕草をしてから笑顔で「イラッシャイ」と言ってメニューを持参した。確かいつも店の入口近くのイスに座っているから、おっちゃんは経営者だと思う。
いつものように注文をしてカフェーイェン(アイスコーヒー)を飲んでいると、ンンン、いつの間にか花売り娘が横で“今日はまだ花を首につけてないから確実に売れるぞ”といった顔つきで笑顔の中に目を輝かせていた。むろん最初の晩から6日目(?)、顔も覚えられるさ。OK、またふざけて1,000B紙幣をプーインナーラック(かわいい女性。といっても6歳〜10歳くらいかな。俺の歳からすると確実に孫だ。家にも11歳のルークチャイ(男の子)がいるけど)の目の前にそっとつまんで出してみると、複雑な表情で俺の顔を見ている。今日はミディアムにしなかったけど結構満足、終わりころにスイカを2切れお皿に乗せて持ってきた。サービスとのこと。コープクンカップ(ありがとう)、チェックビン(お会計)で支払いを済ませ隣のマッサージに顔を出した。結構混んでいる。まだ時間は20:30頃だが、いつものプーイン(女性)達に、むろんマッサージ中だが、「スマイル、ハイチーズ」でパチリ。ピーナーチューガンマイ(また来年)、ラーゴーン(さようなら)と言って手を振って別れた。
ローングレム(ホテル)に戻って1階フロアに入ったらフロント前が混雑していて、しかたないので豪華なソファにゆっくり膝を組んで座り待つことにした。珍しくコンイープン(日本人)も15人くらいいたから驚いた。こんな大勢のコンイープン、このローングレムで初めて見た。むろんグループだが。それで、俺のかけているソファもかなり広いから若いプーチャイコンイープン(日本人男性)も端の方に腰かけるので、2人と話した。携帯を使っていたので「海外でも通話できる機種は?」、「ボーダホンの一部にあります」、「どのくらいの予定ですか?」とか色々話す。20分くらいでフロント前も静かになったので、ようやく自分の番だ。明日が朝早いので、セーフティーBOXのものを今から受け取っておこうと考え、パスポート、フライトクーポンなど、量としては非常に少ないが受け取った。ROOMに戻りシャワーでボディクリーニング。備え付けのタオル、これがまたぶ厚くて幅が広くて少し短い。絞る時にはかなりの腕力を必要とする。次回は垢すりを持参したほうがいい。今日は洗濯をしない。入浴が終わり出てから自宅にTEL、7回のコールで出て「今何時だと思ってるの?23:00を過ぎている」とのこと。「わかった、わかった」と言いながら5分間話した。明日はバンコクに移動だ。荷物の整理整頓、および着替えの用意。着替えは隣のベッドの上に並べ、靴下よし、ハンカチよし、財布よし、忘れ物ないか?よし、指差呼称。明日が早いから早く寝ようっと。
周りの照明を落としテレビだけをつけNHKを見ながらうつらうつら。明日は5:00に起きなきゃ、起きなきゃ。気になってぐっすり眠ることができない。あ〜〜あ〜〜〜〜ねむ〜。比類なき楽園、北方のバラよ、そして愛しのチェンマイよ。最後の日が暮れていく。さみしい。
■4月10日(日) 曇り〜雨・35℃
うつらうつらで5:30。照明点灯、昨夜外してあった補助歯を再度洗浄、歯磨き、洗顔、ゴーンヌワット(髭剃り)、普通のスピードで着替えをする。昨晩揃えたから準備がスムーズに行く。ウエストポーチよし、唯一のバッグよし。で、バックを持ってROOM内をひと回りして、忘れ物なし、よし。フロントで「コーチェクアウト(チェックアウトお願いします)。テレフォン使った」と手振り。「カップ(わかりました)」と言って明細を出してシーローイ(400)B、何と約1,200円。「えー、たけーな。」そうしたら明細書を指差し、「2回の間違い電話も有料となります。400円。」「それはフロントで教えてもらった通りにかけてみたら2回とも間違いとなったものです。」2人で困った顔をしていたけど時間がない。支払いを済ませ、5:25「アハーンチャオ(朝食)、OK?」と聞くと、腕時計を見てOK、OK。バッグを持参のままハイカムレストランに。そして最後のチケットを渡す。さすがに客は我のほかに1名のみ。台湾人か?今朝はいつものようにノンビリできない。バクバクといく。果物と野菜をメインとして食べる。飲み物はミルク。終わって時計を見ると5:35、数日間だけだがお世話になったハイカムレストランといつも入口に立って挨拶を忘れないプーイン(女性)2人にコープクンカップ(ありがとう)。
急ぎ足で玄関を出る。と、いた。顔なじみの中でも一番静かで日本人に近い顔つきのプーチャイ(男性)。そうだ、ある朝車の中で朝食に虫の佃煮を持参して、俺に食べろと言った男だ。名前は聞いていなかったが、ニコニコして今日は特別に玄関前の入口で一番スロープの高い所まで車を横付けにして待っていてくれた。ドアも前後とも開けて、バッグは後部座席に入れ俺は助手席に乗る。車は古いが気分はVIP。普段このタクシー会社の車は中央玄関には入れないらしい。むろん運転手も仕事中は1階フロアにも入れないとのこと。ではシャトル便の運転手達は別にいるんだな。そう考えてるうちに、薄暗い中車は表通りに出た。早朝なのに結構車が多い。そして、走りながら左手で記念撮影をしたり、タイ単語を並べたり。その運転手からはビニールに入った小さなお守りをもらったり、カムバックとか、アイシャルリターンだとか言っているうちにサナームビン(空港)に到着。以前からの約束通り100Bの支払いをする。わざわざ降りて来て、鞄を降ろしてくれた。コープクンマークカップ(ありがとう)。ピーナーマーマイ(また来年来ます)、ピーナーチューガンマイ(また来年会いましょう)。知る限りのタイ語を並べた。ラーゴーン(さようなら)。手を振って別れた。
少し急ぎ構内に入る。カウンターの職員プーイン(女性)にフライトクーポンを見せて、「チェクインティーナイ?(チェックインはどこですか?)」「ティーノーン(あそこ)。」指さされたのでサンキューと言って行くと、まだ時間が早いのにチェックインカウンターはかなりの人達でごった返していた。最も近いところの列の最後尾に並ぶ。バンコクの空港での思いがあるだけに、チェックインティーナイ?(搭乗手続きはどこですか?)、ほか、ゲートはどこですか?、この手荷物は預けません、荷物はバッグ1個、これだけ大きくメモをして、カウンターで何か言われたら羅列しようとも考えて胸ポケットに入れてすぐに対応できるように考えていた。さて、いよいよ自分の番だ。パスポートにチケットをはさみ提出、少し構える。20秒くらいしておばさん職員、そっぽを向きながらポンと返した。そんなに簡単に返されてもおもしろくない。俺の勉強はどうなる?それでわかってはいたが、「ゲートタウライ?(ゲートは何番?)」言ってみた。そうしたら、案の定引き換えた搭乗券にゲートNO.が打ち込まれているのだが、このC4がゲートNO.だとボールペンでグリグリ4重丸。サンキュウ。で、ゲートに向かう。こんなものなんだなー。いつもの金属探知ゲートをくぐる。反応なし、すんなり通過。意外とC4搭乗口は近かった。かなりの座席数。寒かったので、エアコンから離れたところに座ってモニターを見る。TG125 Bangkok 7:00となってる。アレ〜ッと思って自作の日程表を見たら、最低空港には6:30、テイクオフが7:00となっている。まだ今の時間は6:00だ。もう少しゆっくりしてもよかったかなー。だってこの中、本当に何にもないよ。あ〜あ、売店も閉まっているし……。
それでも6:40、搭乗手続きが開始された。例のごとく我先に並ぼうとする。大多数がタイ人なのだが、いずこも同じか。早く機内に入っても早く座席に着くことができるだけのことだと思うけど???わからん、何か得をすることがあるのかも……。
座席NO.36Bで、エアバスだと思うが、やはり主翼の上で今回はまだ4機目だがすべて羽の上だ……。ガタガタ、ゴロゴロ、動き出した。少しドライブして、機内アナウンスあり。メイン滑走路に出るとほぼ同時にアフターバーナー、フルオープン。ゴトゴトからザラザラに変わりズザ〜〜〜。シートに体が埋り込んでいく。にわかに機体が上向きになり、ゴンというタイヤの反発音を残して急上昇していく。
こうしてチェンマイの旅は終わり、バンコク1泊、機内1泊で成田着。全日空の乗り継ぎ便で仙台へ。4月13日の19:35、13日ぶりの我が家にたどり着いた。
≪今回の旅行について≫
少し大げさだが、今までの人生58年間でこれほど楽しい想い出が作れた旅行は初めてである。特にチェンマイ……まさに楽園社会だった。楽園バンザイ!
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