ブアさんの“対照研究 「マイペンライ」〜日タイにおける解釈の違い〜”
史学、言語学、文化人類学をはじめ、たくさんの専門家がさまざまな視点からタイについてレベルの高い学術論文を発表していますが、普段そうしたものはなかなか我々の目に触れることがありません。
ブアさんは、JICA(国際協力機構)の中高生派遣プログラムではじめてタイを訪れすっかり気に入ってしまいタイ語を学べる某大学入学、3年生の時にはチェンマイ大学へ留学しタイ語も一段と堪能になり、卒業後の現在はタイ人研修生を受け入れる某団体に就職し、今もタイとの密接な関わりを持ちながら日本で生活しています。
そんなブアさんが選んだ大学の卒業論文のテーマは、“マイペンライという言葉の日本人とタイ人におけるとらえ方の違い”という、実に奥が深くてむずかしいテーマでした。
≪注1≫本サイトのクリエイティブスタイルに一致させるため、実際の論文から体裁など一部を変更しています。
≪注2≫本論文の内容は「サワディーチャオ チェンマイ」および管理人(ガネッシュ)の見解を反映するものではありません。
■はじめに
「タイ」という国はどんな国か?と日本人に質問をすると、「微笑みの国」という言葉が出てくる。実際にガイドブックなどにも微笑みの国タイへ行こうといったものを目にすることができる。「タイ=微笑みの国」ということが定着していると言ってよいと思う。近年、日本人のタイ渡航者が増加したのと並行して、タイは「微笑みの国」というのと同様に「マイペンライの国」と言う人も出てきている。インターネットの検索サイトで「マイペンライの国」と入力し、検索すると、「タイ」に関係するページが出てくる。
しかし、「マイペンライ」とあるが、いったい日本人はこの「マイペンライ」という言葉をどういう意味であると解釈しているのかと思う。私は大学でタイ語を勉強し、1年のタイ留学を経験してきたが、その中でもしばしばこの「マイペンライ」という言葉を耳にし、触れてきた。初めてこの言葉が持つ意味として覚えたのは「どういたしまして」だったが、この言葉は「気にしない」「何とかなるさ」「大丈夫」など文脈によって解釈の仕方が変化する非常に意味を沢山持った言葉であると思う。
現在タイには昔よりも沢山の日本人が仕事、長期滞在先などとして生活しているが、果たしてこの人々はどのようにこの「マイペンライ」という言葉を使い、解釈しているのか疑問に思い、今回調査、研究をすることにした。この調査は以前に日本国語研究所の堀江・インカピロム・プリヤーが1996年〜1998年に行った調査をもとにして執筆された「日本語と外国語との対照研究Z マイペンライ2」の2005年度版として対照研究したものである。
2005年8月、9月の2ヶ月間に首都バンコク、チェンマイに住んでいる日本人72人とタイ人88人に前回、堀江・インカピロム・プリヤーがおこなったアンケートと同様のアンケートをし、その結果をまとめ、対照研究した。
「マイペンライ」には沢山の意味があるので、実例1〜16の実例を挙げ、各章ごとに友人間、先生と生徒の間、タイ社会、会社の中で、雇用主とメイドの間での「マイペンライ」の使い方について回答してもらった。この回答を元に、前回の調査や他の資料、私の経験を含めて日タイにおける「マイペンライ」の解釈の違いについて述べることにした。
今回の調査では、前回の調査で項目としてあった「わからない」という項目をなくした。日本人の回答傾向として曖昧なことについて全て「わからない」と回答することが多く、「わからない」という回答ではより正確なデータが取れないと判断したためだ。その代わり、「その他」という項目があるため、もし本当にわからない場合には「わからない」を選択し、内容を答えられるようになっている。また、前調査ではなかった実例16を日本人のアンケートの中に設け、直接「マイペンライ」の意味を書いてもらうことにした。
この論文により、日本人が「マイペンライ」の意味を少しでも理解し、タイでこの言葉を使ってくれることを私は願っている。また、「マイペンライ」の解釈の違いにより起こった誤解や疑問が少しでも解決できるきっかけになれば私はうれしく思う。
1.友達との間で使われる「マイペンライ」
実例1と実例2はいずれも友人と映画を見に行く約束をして、友人が遅れてやってきた時の会話である。実例1の集計は1997年の集計と同じように、タイ人も日本人も友人の対応を否定的に考える「失礼」「無責任」という意見が多かった。しかし、その項目を選んで回答した理由をタイ人と日本人で見比べて見ると「失礼」「無責任」と否定的な回答ということは同じだが、その理由に違いが出た。日本人は、「友人が遅れたことを謝っていないから」という意見が多く、「タイではよくあること、当たり前」「日本では非常識だがタイではあること、日本人の感覚としては失礼」というタイの社会に合わせて物事を判断した意見があった。タイ人の意見も「気分を悪くさせる」などの意見もあったが、「時間どおりに友達が来なくても映画はいっぱい回があるから大丈夫」「たぶん道が混んでいて間に合わなかった」「友達だから大丈夫」というように広い心で受け止めた意見や、「来ないよりもマシである」という友人が来ないことを想定した上での意見があった。
実例2の集計は、1997年の集計と違い、(1)の日本人の回答にばらつきが出た。私の経験上、タイ人は友人が約束の時間に遅れて来ても実例2のように、ものすごく怒って友達がなぜ遅れたか問い詰めることはないように思う。タイはまだ日本ほど交通が整備されていないので、渋滞に巻き込まれて20分程度遅れてしまうことは少ないケースではない。今は携帯が普及し、ほとんどの人が携帯を持っているので、タイ人のある人の回答のように「遅れるなら電話をするべき」という意見もその通りだと思うが、私はそのため回答にばらつきが出たと思う。
(2)(3)においてタイ人の回答数が一番多かった「失礼」「無責任」の理由として、「ご馳走することで友人の機嫌をとろうとしている」「ご馳走するから」という意見が私は気になった。なぜなら自分が悪いことをした時に、それの代償としてご馳走するということは日本的でタイ人の間ではされていないと思うからである。実際、(2)(3)の日本人の肯定的な回答の理由に「ご馳走するというところから悪かったという気持ちがわかる」という意見がある。日本人は自分が遅れてしまった場合などに悪かったと言う気持ちを謝罪の言葉とご馳走することで表すことが多い。しかし、私の経験上タイ人は、年上の人が年下の人に気持ちとしてご馳走したり、長い間会っていなかった人と会った時うれしかった気持ちとしてご馳走するなど、いいことやうれしかったことがあった時にご馳走することが多いと私は思う。
カルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕でもこのように述べている。
“タイ人は内気で、人を批判したりしない。ユーモアのセンスを持ち、気持ちのよい笑顔を絶やさない態度を高く評価する。一方、大声で話したり、人前で怒りをあらわにし、自尊心のない態度を示すことは無礼とされており、タイ人の尊敬を失いかねない。”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.374)
このことは私の経験上の話なので、根拠のある結論を出すためには、このことについての詳しいリサーチが必要である。
実例4は1997年の集計と同様にタイ人は「親しい友人だから引き留めた」、日本人は「食事に誘うのが礼儀だからそうした」が一番回答数の多い結果になった。これは、日本人は友達がこの後、用事があるか何かで帰りたがっているということを会話の言葉の中で察し、相手のために自分の気持ちを抑え行動しようとしているためである。このような対応は日本人らしく、日本人は直接的に気持ちを言葉に表さず、あいまいな表現をする民族であるからであるためだと言ってよいと思う。逆にタイ人はカルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕“タイ人はあるがままの自分や自分の持っているもので満足している。”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.373)とあるように、友人に対して本音で接していると解釈できる。友人の言葉、態度から友人は帰りたがっているということを察しながらも、自分の本当の気持ちを表したのである。
2.先生と生徒の間で使われる「マイペンライ」
実例4と実例5はいずれも学生が先生の研究室に手伝いに来た時の会話である。実例4(1)は1997年の集計と同様にタイ人は「先生に遠慮して飲みたくないふりをする」が67.0%と過半数を超えるかなりの人がこう答えた。また日本人の回答数が一番多かったのは「学生は飲み物はほしくない」で、31.9%という結果だった。しかし、実例5(1)では、「学生は自分で飲み物を作る」が日本人もタイ人も同様に一番の回答数という結果になった。これは、実例5は実例4と違い、文章から先生がもうお茶が紅茶を入れようとしている状況が推測される。だからタイ人の多くは先生にお茶を入れさせてはいけないと思い、「自分でお茶を作る」を選んだことがわかる。
実例4でタイ人が「先生に遠慮して飲みたくないふりをする」と回答した理由として「先生に遠慮」と回答した人が6人いた。また、「自分は年下だから先生に遠慮」「タイの社会では遠慮することが大切である」との意見があったが、日本人は回答した理由として、「今は飲みたくないので断っている」と回答した人が4人もいて、タイ人と日本人の間の解釈の仕方の相違が見られた。
しかし、実例5では「先生に飲み物を入れてもらうのは失礼」「タイでは学生が自分で入れるのが普通だから」というタイ人の多くの人と同じ意見の人もいたことは興味深いことである。また、タイ滞在期間が2ヶ月の日本人学生は「実際に先生に遠慮して、自分で飲み物をいれるという行動を見た」と理由を答えている。2ヶ月という短い期間でもこのようなことを体験されているということは、タイでは学生は先生に配慮することを大切にしていると言っていいのかもしれない。
興味深いことに、タイ人の回答理由のほとんどに「先生に遠慮」という言葉が出てきた。これはタイ社会において、先生というのは偉大な存在で、尊敬の対象にあたるということを示している。このことに関連させ、実例6では日本人とタイ人の考える目上の人についてのアンケートをした。また、実例1、2の友達に関連させ、それぞれの考える親友についてもアンケートをした。このことは次の章で紹介することにする。
3.タイ人と日本人の考える「親友」、「目上の人」とは
1.「親友」とはどのような集団に属する友人か
(1)の「親友」とはどのような集団に属する友人かという質問では、1998年の集計を見ると、タイ人にとって「親友」は回答数の多い順に「中学校の友人」(56.2%)「大学の友人」(55.7%)「職場の友人」(50.8%)なっている。それに対して日本人にとっての「親友」は、全ての項目においてタイ人よりも回答数が低く、その中でも最も回答数が高いのは「大学の友人」(46.5%)、次いで「高校の友人」(45.1%)になっている。しかし、今回私が2005年にした調査では、日本人にとっての「親友」は、全ての項目においてタイ人よりも回答数が低いということはなく、選んだ項目は違っても回答数にさほどの差は出なかった。1998年に行われた堀江・インカピロム・プリヤーは著書の中で、調査結果を次のように述べている。
“日本人タイ人の回答結果を比較すると、最も特徴的なのは、タイの場合、子供の時から知り合っている近所の友人から職場の友人に至るまで非常に幅広い範囲に「親友」がいることであり、日本人の場合、高校の友人と答えた者の数がタイ人のそれを上回るのみで、タイ人に比べて日本人は「親友」を持つ範囲が狭く、「親友」を持つ範囲が狭く、「親友」と呼ぶべき者が少ないのではないかとも想像できる。”(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.108)
しかし、今回私が2005年にした調査では「子供の時から知っている近所の友人」(日本人16.6%、タイ人26.1%)「中学校の友人」(日本人29.1%、タイ人30.6%)だけがタイ人よりも回答数が低かっただけで、先ほども述べたように日本人の全ての回答数がタイ人よりも低いということはなかった。このようなことにより、堀江・インカピロム・プリヤーが述べていたように「タイ人に比べて日本人は「親友」を持つ範囲が狭く、「親友」と呼ぶべき者が少ないのではないかとも想像できる。」ということは一概には言えず、アンケートに答えてくれた人の育った環境や、人間性などにより変わってくるものだと言えると私は思う。確かに日本人は、1998年の調査と2005年の調査結果が同じだったタイ人よりも日本人の方が「子供の時から知っている近所の友人」という項目の回答数が少なかったことにより、日本人はタイ人よりも比較的年少の時からの友人に「親友」が少ないことは言えると思う。
もう1つ興味深い点は、「職場の友人」と回答した日本人とタイ人の回答数の差である。1997,8年の調査では、タイ人の回答数(50.8%)が日本人の回答数(31.3%)よりも多く、堀江・インカピロム・プリヤーは「タイ人は日本人に比べて、職場でも親しくつきあっている友人がいる傾向があると言える」(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.109)と述べている。しかし、今回私が2005年にした調査では、前調査とは逆の結果になった。今回の調査で「親友」を「職場の友人」と回答したタイ人は18.1%なのに対して、日本人は30.5%であった。この結果はアンケートに答えてくれた人の育った環境や、人間性、職歴などにより変わってくるものだとも思うが、私は日本人の方が労働時間や会社からの拘束がタイ人に比べて強く、1度就職し、会社というグループに加われば、必然的に職場の人間と過ごす時間が多いと思う。それは、カルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕にある、次のような日本人の国民性からも感じ取れる。
“勤勉で実際的というのが、現代の日本人の特徴である。社会はグループ志向性が強く、集団(会社、クラブ等)の一員であるという意識が強い。組織や目上の人に対する忠誠心が重要視され、それが個人的感情に優先される場面も多く見かけられる。会社では、忠誠、貢献、協調性が、積極性より大切であるとされるようである。”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.467)
(2)のあなたにとって「親友」とはどのような友人であるかという質問に対して、1997,8年の集計を見ると、すべての項目で、日本人よりもタイ人の回答数が多くなっている。このことにより、堀江・インカピロム・プリヤーは「何でも話し合え、悩みを打ち明けられ、長い間連絡を取らなくても変わらない関係を保てるといった、相手との距離の近さを認識できる者を親友と考えていることが明瞭である。」(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.109)と述べている。しかし、私の2005年の調査ではすべての項目で、日本人よりもタイ人の回答数が高くなる結果にはならなかった。堀江・インカピロム・プリヤーがピックアップした中では、「何でも相談できる友人」(タイ人52.2%、日本人18.0%)だけがタイ人の回答数が日本人の回答数よりも多かった。その他には「自分のことも家族のことも話し合える友人」(タイ人43.1%、日本人29.1%)「気軽に何でも頼める友人」(タイ人30.6%、日本人12.5%)である。一方日本人は、「遠慮せず何でも話せる友人」(タイ人32.9%、日本人33.3%)「気を使わなくても気楽でいられる友人」(タイ人26.1%、日本人38.8%)「長い間連絡をとらなくても、お互いの関係が変わらない友人」(タイ人43.1%、日本人62.5%)がタイ人の回答数よりも、日本人の回答数の多かったものである。見比べてみると、日本人の回答数の多かったものは、「親友」とは何でも話すことにより癒してもらうような関係を言うように感じる。また、タイ人の回答数の多かったものは、「親友」とは深いことも話せる信頼できる者との関係のように感じた。堀江・インカピロム・プリヤーは著書の中で、「タイ人は相手との距離の近さを認識できる者を親友と考え、タイ人に比べて日本人は対人関係の距離を感じる結果となった」(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.109,110)と述べているが、そう一概には言えないし、日本人はタイ人に比べて「親友」と認識できる友人の概念が狭いとは言えないと思う。また、この問題に対して堀江・インカピロム・プリヤーはこうも述べている。
“この対人距離の意識の差が、相手に対する「冷たい」「親しくなれない」「なれなれしい」「図々しい」等の解釈の相違を生んで、コミュニケーション上のすれ違いや誤解を引き起こす原因となる可能性も十分にあり得ると思われる。”(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.110)
私は、コミュニケーション上のすれ違いや誤解を引き起こす原因となっているのは「親友」という人間関係の対人距離からは言えないと思う。その国の文化や国民性、人それぞれの考え方の方がコミュニケーション上のすれ違いや誤解を引き起こす原因となっていると思う。
このことを厳密に述べるためには、また別の調査をする必要があると思うので、ここでは私の意見だけで留めておくことにする。
2.「年長者」「目上の人」とはどのような人と考えているのか
(3)の「年長者」「目上の人」とはどのような人を思い浮かべるかという質問については、1997,8年の集計と同様に日本人もタイ人も「自分より目上なら誰でも」という項目が、45.8%と67.0%で一番多い回答となった。私の2005年の調査では、タイ人が選んだ「自分より目上なら誰でも」以外の項目の回答は、大体均等に25.0%〜32.9%の間の回答だったのに対して、日本人の回答は「会社の上司」が33.3%、「自分の両親」が25%となり、それ以外の項目は10%以下の回答数になった。このことから日本人にとっての「年長者」「目上の人」という概念の非常に高い位置に「自分より目上なら誰でも」「会社の上司」「自分の両親」がくることがわかる。1998年の調査ではタイ人にとって「自分の両親」は7項目ある中で1番目、「会社の上司」は5番目の回答の多い項目になっている。このことから、日本人にとっては「会社の上司」は「年長者」「目上の人」の強いイメージに位置づけられるが、タイ人にとってはそうでもないことが言える。また、私の2005年の調査の「自分の先生」という項目については、タイ人の回答数が26.1%であるのに対して、日本人の回答数は13.8%というように回答数にひらきがある。また、「両親の友人や知り合い」という項目についても同じことが言え、日本人の回答は6.9%と回答数が少ないのに対して、タイ人の回答は23.8%と日本人の回答に比べかなり多い。このことから「年長者」「目上の人」という日本人とタイ人の概念の違いが見られると言ってよいと思う。1998年の調査でも言えることである。この日本人とタイ人の概念の違いを踏まえて、行動すれば、お互いの違いを理解し、すれ違いや誤解の回避を助けるものになると私は思う。
(4)の年長者または、目上の人のイメージについて日本人の回答が一番多かった項目は、「自分より年上で、経験を積んだ人」で、63.8%となり、多くの人が選んだ項目であった。タイ人の回答が一番多かった項目は、「良い事をするように教えてくれたり、指導してくれたりする人」で、39.7%となった。しかし、日本人でこの項目を選んだ人は18.0%であった。これはタイにおいての「年長者」「目上の人」が日本に比べてどれだけ敬われ、大切にされているかを表していると私は思う。タイでは、伝統的な最も一般的な「ワーイ(祈る時のように両手を胸の前で合わせ、軽くお辞儀する。手の位置を高くするほど深い敬意の念を表すが、指の先を目の高さより上げてはならない。(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.371))」を年上の人と会った時や何かしてもらう時には必ずする。昔は日本も「年長者」「目上の人」というのは誰かまわず尊敬されていたと思う。しかし、現在その風潮は薄れつつある。若者の中には、自分より年上の人と話す時に敬語を使わない人も多くいると思う。また、テレビでは若者が敬語を使えない社会になってしまったことについて問題になったりしている。過度な配慮をする必要はないと思うが、やはり自分より年上の人というのは、自分より長くこの世界で生活している人であり、それだけでも自分よりも経験を積んでいると言っていいのだから、日本人はもう少し「年長者」「目上の人」である人を敬い、大切にしなくてはいけないと私は思っている。
4.タイ社会で使われる「マイペンライ」
1.デパートでの実例
私の2005年の調査では、「あまりない」「めったにない」と回答した人の数は、日本人(5.5%、1.3%)、タイ人(10.2%、4.5%)というように両者とも少人数しかいなかった。逆に「非常によくある」「ときどきある」と答えた日本人(37.5%、37.5%)、タイ人(37.5%、36.3%)というように、両者ともこの2つの項目を合わせると過半数を超える人がタイ社会でこの実例のようなことが「ある」と答えている。また、1997年の調査でもタイ人は、「よくある」「ある」「ときどきある」との回答数が94.8%あった。このことから少なくとも1997年〜現在の2005年までは、この実例7のようなことはタイ社会に見られることであることが言える。しかし1997年の調査では、日本人で「非常によくある」「よくある」「ある」との回答をした人は6.4%に留まり、その多くは「わからない」という回答をしている。「わからない」という項目は、はっきりとした意見を言葉で率直に表さない日本人にとっては非常に曖昧な言葉であるため、本当にわからないのか、それともこの質問をただ回避するために選んだのかわからない。そのため何とも言えないが、今回の調査と1997年の調査を比べると、この実例7のようなことはタイ社会において存在していたが、1997年の時点では日本人が実例7のようなことに遭遇することは少なかったと言える。そして現在は、日本人も実例7のようなことに遭遇する機会が増えたため、今回の私の調査では日本人の「ある」と答えた回答数が増えたと考えられる。なぜ日本人の実例7のようなことに遭遇する機会が増えたのかを追求するのは、また新たに厳密なアンケートをしなくてはわからないことであるが、私はタイに滞在する日本人が増えたことや、タイ語を学ぶ日本人が増えたことが影響しているように思う。なぜなら、そういった日本人が日本人だけの中で留まっているのではなく、タイ社会の中でタイ人と関わっていこうとしたからこそ、日本人がタイ社会にある実例7のような出来事に遭遇したのだと思う。これは異国の地に外国人が住む上ではとてもいいことに思う。母国ではない国に興味を持たなければ実例7のようなことに触れることはないと思うからである。
(2)の適切さに対する質問においては、肯定的な回答をした日本人はタイ人の回答数よりも多いという結果になった。否定的な考えの回答は、「非常に不適切」(日本人11.1%、タイ人10.2%)以外の項目ではタイ人のほうが日本人よりも回答数が多い結果となった。
(3)の失礼さを問う質問において私の2005年の調査では、日本人タイ人も同様に、「失礼」と回答している人が23.6%、37.5%というような結果になった。しかし、タイ人のほうが「失礼」と回答した回答数が多く、日本人よりも否定的なとらえ方をしていた。1998年の調査では、肯定的な回答をした者はタイ人(24.5%)日本人(24.4%)とほぼ同じだった。否定的な回答をした者の回答数はタイ人が日本人より12.5%高い回答数となっている。
(4)の責任感を問う質問において私の2005年の調査では、日本人の回答数が一番多かったのは30.5%で、「責任感がある」という肯定的なとらえ方だったのに対して、タイ人の回答数が一番多かったのは38.6%で、「無責任」という否定的なとらえ方になるという、正反対の結果となった。1998年の調査では、肯定的な回答をした者はタイ人日本人より1.0%高い回答数となり、日タイで大変近い数字になった。
(2)(3)(4)の結果をまとめると、1997年の調査で似たような回答数になったところもあるが、全体的に見てこれは日本人がタイ人よりも肯定的に考え、タイ人は日本人よりも否定的に考えていることが言っていいと思う。この結果になった元の理由は、私が今回調査したこの項目を選んだ理由から読み取ることができると思う。まず整理してみると、
日本人の肯定的な意見は(1)「きれいにしてくれようとした」「別の商品に取り替えてくれてもいいが、ブラシまで使って汚れを落とそうとしてくれた」「精一杯の努力が見られる」と、(2)「タイではこんな感じである。タイ文化」「タイ社会においてはやるべきことはやってくれた」「細かいことは気にしない」「タイ社会では店員が不適切は当たり前」という大きく分けて2通りの意見があった。タイ人の否定的な意見は(1)「店員は商品を売りたいからこんな言葉を使った」と、(2)「お客さんが新品のきれいな物がほしいのは当然」「よくないサービス」「お客さんを大切にしたほうがいい」という大きく分けて2通りの意見があった。日本人の(1)とタイ人の(1)は両方とも店員は自分なりのサービスをしてくれたという肯定的な考えだが、日本人はそれをタイ社会では仕方ないと考えているから肯定的な「適切」「責任感がある」となり、タイ人は店員の配慮はわかるが許されないと考えているから否定的な「不適切」「無責任」となっていると考えられる。((2)も(1)と同じなので省略)つまり、日本人はタイ人の人生は楽しむべきもの、トラブルや失敗をあまり深刻に考えないという国民性を過剰にとり解釈しているからこのように「タイだから仕方ない」の言葉で物事を片付けてしまっているところがある。しかし、タイ人も何でも許すのではなく、しっかりとしたこれは悪いという概念があり、それを外れた場合にはしっかりと間違いを指摘している。日本人などの外国人にとっては他文化のことであるから、そのボーダーラインを明確に認識することは難しいことであるが、過剰視してしまっている今の状況もタイ人にとっては不愉快であるかもしれないことを頭に入れておきたい。また、これがタイ人とのコミュニケーション上で誤解やすれ違いの原因の1つの原因になっているのではないかと私は思う。
2.屋台での実例
(1)のタイの社会で実例8のようなことがあるかという質問については、私の2005年の調査では、日本人の一番回答が多かったのは「ときどきある」で47.2%、ニ番目は「非常によくある」で19.4%であり、タイ人の一番回答が多かったのは「非常によくある」で44.3%、二番目は「ときどきある」で43.1%となり、この結果からタイの社会で実例8のようなことがあると言ってよいと言える。1997年の調査ではタイ人の100%が「よくある」と回答し、日本人の93.4%が「わからない」と回答している。第四章の1でも述べたように「わからない」という項目は曖昧すぎて、結果として比較することができない。しかし、タイ人は1997年からと言ってよいが、現在タイの社会で実例8のようなことがあると言える。
(2)の適切さに対する質問においては、私の2005年の調査では、日本人の回答は「適切」が38.8%、「不適切」が34.7%となり日本人の中で意見が正反対にわれた。これは第四章で述べたように、日本人はタイ人の人生は楽しむべきもの、トラブルや失敗をあまり深刻に考えないという国民性を過剰にとり解釈しているからどこがタイ社会での間違いのボーダーラインか判断できなく迷って判断できなかったと私は理解する。その理由としては、やはり実例7のように項目を選んだ理由が「新しい物に取り替えてくれたから」という肯定的な考えと、「お店ならちゃんとした物を出すべき」という否定的な考えの二種類の意見が出たことにある。
一方タイ人の回答は、今回の2005年の調査では「不適切」が39.7%となり回答の中で一番回答数が多く、1997年の調査では「やや不適切」が36.2%で両方とも否定的な意見であった。
(3)の失礼さを問う質問においても2005年の調査では、(2)と同様に日本人の回答で一番多かったのは「失礼ではない」という肯定的な意見であったが、二番目に多い項目は「やや失礼」、三番目に多い項目は「失礼」という否定的な意見であった。また(3)の失礼さを問う質問においても、日本人の一番多い回答は「無責任」で37.5%、タイ人の一番多い回答は「非常に無責任」で39.7%と日本人もタイ人も同様に否定的な意見になる結果となったが、タイ人は二番目に多い項目も否定的な「やや無責任」で31.8%であったのに対して、日本人の二番目に多い回答は「責任感がある」で23.6%となり肯定的な意見が二番目に多い回答数になる結果となった。
(1)(2)(3)の全てにおいて、日本人は肯定的な回答をするのか、それとも否定的な回答をするのか迷っている。このことから、実例8の屋台のおばさんとの会話の中での「マイペンライ」の使い方は、日本人にとって非常にどこがタイ社会での間違いのボーダーラインか判断するのが難しい「マイペンライ」の使い方になると思われる。
3.交通事故についての実例
(1)のタイの社会で実例9のようなことがあるかという質問についての2005年の調査では、日本人もタイ人も同様に「非常によくある」日本人23.6%、タイ人35.2%という結果になり、一番多い回答であった。二番目に多い回答は「ときどきある」日本人16.6%、タイ人28.4%になった。このことからタイ社会では実例9のようなことがあると思われるが、「ない・聞いたことがない」という回答でタ人が2.2%だったのに対して、日本人は15.2%となり、二番目に多い項目の「ときどきある」16.6%とそう変わらない数値になった。このようなことから、タイ社会では実例9のようなことはあるけれども、日本人が遭遇していることは少なく、ないと回答する人が多かったと言える。1997年の調査でもタイ人は「よくある」と答えた人が100%だった。今回の調査の日本人の回答者の一番長いタイ滞在期間は17年であるし、日本でも実例9の交通事故に合うという不幸なことはそう多くないことであるので、実体験として、この実例の「マイペンライ」について調査することはやはり難しかった。
ここからの(2)〜(4)までの質問に日本人は、もしこのようなことがあったらというふうにとらえ、回答してくれたとし、論じていくことにする。
(2)(3)の適切さ、失礼さを問う質問について2005年の調査は、日本人もタイ人も同様に「非常に適切」「非常に責任感が強い」という項目の中で一番肯定的な回答は「非常に責任感が強い」と回答した日本人が1.3%いただけで、他は一人もいず、否定的な回答をした人がほとんどであった。これは、日本社会でも一緒で、事故を起こしてしまった人が「マイペンライ」を使うことは不適切であることが言えると思う。否定的な理由を選んだ理由としても日本人「ぶつけたので申し訳ないという態度をすべき」「謝るべき」、タイ人「被害者が判断することである」「先に謝るべき」「謝ってから大丈夫ですか?と言うべき」というように意見は同じで事故の時に「マイペンライ」は使えないことが解る。理由として「マイペンライ」を使うのはおかしいと指摘している人もいて、完全に自分に非がある時は日本もタイも同じで謝らなくてはいけないという常識は同じである。日本人の回答で興味深いものがあり、以下のようなものであった。
「私もほぼ同じ状況でタイ人のおばちゃんに車をぶつけられたが、先方に100%非がある以上最初に少しでも謝罪の言葉が欲しかった。そのおばちゃんは「見えなかった、見えなかった」を繰り返して最後まで一切謝りの言葉を発しはしなかった。「マイペンライ」とさえ言わなかった。」(日本人男性のアンケートより)
日本人でも同様だが、タイ人でも人によっては自分が悪くても謝罪をしない人がいる。それはその人の性格でよくないことである。それを「タイ人はみな失礼な人間である」と日本人に仮定されてしまうことはやはり悲しいことである。日本人が日本人をこの人はどうゆう人なのかと判断するのと同じようにタイ人のこともタイ社会全般と一緒にせずに判断してほしいと思う。
5.会社の中で使われる「マイペンライ」
1.頼まれた荷物についての実例
(1)のタイの社会で実例10のようなことがあるかという質問について1997,8年の調査で日本人の回答は「よくある」9.8%、「わからない」88.5%だったので何とも言えないが、タイ人の回答は「非常によくある」78.9%、「よくある」21.1%となり、2005年の調査と同様になった。このようなことから実例10のようなことはタイ社会においてよくあることがわかる。また、今回の2005年の調査では「非常によくある」31.9%、「ときどきある」36.1%となり、日本人も実例10のようなことに日本人も遭遇していることがわかった。
(2)の適切さに対する質問において今回の2005年の調査では日本人もタイ人も同様に否定的な回答が多くなった。1997年の調査でも否定的な回答が肯定的な回答よりも多くなった。興味深いのはタイ人がその項目を選んだ理由で、「駐在員の頼みごとに関心を持っていない」という回答があった。これはどういう意味で使われているのかと思う。自分のことではないからという意味なのか、それとも駐在員が日本人だから日本人とタイ人の間には民族が違うために起こる壁があるということなのかといろいろ考えられることはある。また、タイ人自身が「他人に頼みごとをしても80%やってくれない」という回答もあった。88人中たった1人の人の回答ではあるが、やはりそういうことがあるのかと思わせる。こう答えたタイ人に詳しくインタビューするなどして話を聞かなくては詳しいことはわからないので今回の調査でその内容がわからないことは非常に残念である。
(3)(4)の失礼さ、責任感についての今回の調査、1997年の調査はタイ人日本人同様に、やはり否定的な回答である「やや失礼」「失礼「やや無責任」「無責任」という回答が多かった。その項目を選んだ理由としてタイ人は、「責任を負うべき」など日本人と同じ回答もあったが、「関心がない」「タイ人社員はそれができるほどの能力がなかった。しかし彼には責任がないと言える」などの回答があった。これはどういうことなのかと思う。日本社会の会社では、前にも言ったとおり“忠誠、貢献、協調性が積極性よりも大切とされるようである。”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.467)とされており、関心を持っていないなど問題外とされる。また、能力がなかったということは日本のビジネスの場では認められないように私は思ってしまう。しかしこういう意見がある以上そういうケースもあるということになる。そして、日本人のこの項目を選んだ理由に「有言不実行。しかし、タイ人同士はこれでうまくいっているのでタイでは無責任ではないのかもしれない」という回答があった。また、もう一つ私を混乱させる要因の一つとして、日本人から「今はもうタイ人がビジネスの場で「マイペンライ」を使うことはない」と言われたことがある。やはり、私の今回した調査だけでこのことに結論を出すのは難しい結果になった。
2.運転手への伝言についての実例
(1)のタイの社会で実例11のようなことがあるかという質問について今回の調査では、日本人もタイ人も同様に「ときどきある」という回答が一番多く、日本人45.8%、タイ人52.2%となり日本人はほぼ半数の人、タイ人は過半数の人がタイ社会でこのようなことが「ときどきある」と回答する結果となった。1997年の調査でもタイ人の「よくある」と回答した人が68.4%、「ある」と回答した人が26.3%となった、日本人の回答は「わからない」88.5%というものだったので何とも言えないが、タイ人の回答だけを見てもタイ社会で実例11のようなことがあると言える。
(2)の責任感についての質問について1997年の調査では肯定的な回答をした者は、日本人よりもタイ人の方が5.3%多く、否定的な回答でもタイ人の方が7.0%多い結果となった。今回の2005年の調査では、肯定的な回答をした日本人は5.5%、タイ人は12.4%となり、前回の調査と同じくタイ人の回答数の方が多かったが、否定的な回答をした日本人は97.0%、タイ人は82.8%となり日本人の方が否定的な回答をした。しかし、日本人もタイ人も同様に否定的な回答が過半数を大幅に超え、かなりの人が否定的な回答をした。このことから実例11のような時に「マイペンライ」を使うことは適切ではなく、相手を不快な気持ちにすることが言える。興味深いこの項目を選んだ理由としては、「駐在員は外国人だからもっと気を使ってお世話をしてあげるほうがいい」という回答があった。これは日本人のビジネスの場はこうであるという常識のレベルで考えるものではなく、駐在員は外国人で日本人だから気を使うべきというものである。もし、タイ人上司や同僚が伝言を頼んだとしたら伝言を忘れてもいいということなのかと疑問に思う。やはりタイのビジネスの常識は私もタイで仕事をした経験がないので、今回の調査の時点ではよくわからなかった。しかし、タイ人で職業が会社員の人の回答では、「メモをとるべきだった」「頼まれた後にすぐすべき」などの日本人と同じ意見が多かった。
6.雇用主とメイドの間での「マイペンライ」
1.メイドのアイロンがけについての実例
実例12と実例13はいずれも雇い主がメイドにアイロンを頼んだ時の会話である。
今回の調査の実例12の(1)のタイの社会で実例12のようなことがあるかという質問についてでは、「非常によくある」と回答した日本人の回答数と「ときどきある」と回答した日本人の数は30.5%と一緒になった。タイ人の回答も「非常によくある」45.4%、「ときどきある」31.8%となり、タイの社会でこのようなことがあると言える。しかし、日本人の回答で「ない・聞いたことがない」が18.0%あった。理由としては、現在メイドを雇っている人がいないためだと思われる。また、タイ人からも「メイドを雇ったことがない」という意見があった。
実例13(1)について今回の調査では、実例12で一番多かった項目が「非常によくある」だったのに対して、「ときどきある」という回答が日本人31.9%、タイ人45.4%となり、実例12よりは頻度は少ないことがわかる。1997年の調査でも実例12のタイ人の一番多い回答が「非常によくある」だったのに対して実例13のタイ人の一番多い回答が「よくある」だった。日本人の回答は「わからない」が多い回答となっているので、前と一緒で何とも言えない。
(2)の失礼さを問う質問において実例12では、今回の2005年の調査も1997年の調査も日本人、タイ人同様に「失礼ではない」という肯定的な項目が日本人もタイ人も同様に一番多い結果となった。その理由としては両者とも「もう一度かけ直すという対処をしている」「きれいに仕上がっていないことを認めている」などほぼ同じ回答になった。しかし実例13では今回の調査も前回の調査も日本人、タイ人同様に、「やや不適切」「不適切」という否定的な回答が一番多い結果となった。これは実例12のようにメイドが雇い主の指摘を素直に聞きやり直すか、実例13のようにやり直さないで「マイペンライ」を使って自分の過失をごまかすようなことをしたかによって結果がかわったということだと思う。タイ人のこの項目を選んだ理由は「自分が悪いのをわかっていない」「雇い主にしたがっていない」「メイドがこのように答えるのはよくない」などがあり、雇い主とメイドというような関係の時は「大丈夫です。やり直します。」の意味での「マイペンライ」の使い方はできるが、「気にすることはないです。よく見なければわかりません。」の意味の「マイペンライ」はふさわしくないことがわかる。やはり、上下関係がしっかりした状況で、自分に非がある場合は「マイペンライ」を使って、意見を正当化することは日本で考えられている常識と同じでタイ社会でもよくないことなのである。また、タイ人の「やや失礼」と回答した人の理由の中に「謝るべき」と2人が回答している。タイ人はすぐに謝ると言われている日本人と違い、自分に非がないと謝らないと言われているので、実例13のようなメイドの言葉はメイドに非があることが証明されている。
2.メイドの鍋洗いについての実例
(1)のタイの社会で実例14のようなことがあるかという質問について今回の調査では、日本人もタイ人も同様に回答で一番多かったのは、「ときどきある」で、日本人41.6%、タイ人38.6%という結果になった。そして二番目に多かった項目も両者とも「非常によくある」という項目であった。1997年の調査でも「よくある」という項目がタイ人の回答によると100%となり、全ての人がタイ社会でこのようなことがあると回答している。日本人の回答は前回にも述べたように、「わからない」という項目の回答数が93.4%だったので何とも言えない。しかし、今回の調査と前回のタイ人の回答より、タイの社会で実例14のようなことがあると言ってよい結果となった。しかし、今回の日本人の回答は、「ない・聞いたことがない」という項目が二番目に多い「非常によくある」と同じ回答数という結果より、日本人は実例14のようなことに遭遇している人があまりいないとも言える。それは前にも述べたように、現在メイドを雇っていない、雇ったことがないという日本人が多いことが理由の一つであると思う。
(2)(3)(4)の適切さ、失礼さ、責任感についての質問に対しては今回の調査でも、前回の調査でも両者共に否定的な回答が過半数を超える結果になった。「ブラシを使わないときれいにならなかったのかもしれない」「メイドはきれいにしたいと思ったから」などの回答理由もあったが、「やめてほしいと言われたことはやめてほしい」「雇用主に従うべき」という回答が多く、実例12、実例13と同じように、雇用主と雇われたという場合にはある意味上下関係があり、雇用主の言うことに従うべきであるということであると思う。タイ人の回答に「メイドはこのように言ってはいけない」とあることもあり、今回の実例14のような場合に雇われている身であるメイドは「マイペンライ」を使って意見を述べることは適していないと言える。今回の場合、もし本当にブラシを使わなければ落ちない汚れがある場合には、ブラシを使う前に雇い主に聞くなどの対応ができたと思う。前もって聞いていれば雇い主もメイドも気分を悪くしなくて済んだと私は思うが、このメイドは任された仕事だから一人で判断し、仕事をこなしたのかもしれないとも考えられる。また、日本人である私はこう考えるが、タイ人も一緒なのか、それとも違うのかは、今回の調査ではわからなく、もっと追求するためには新たな調査が必要である。
7.「マイペンライ」について
1.教え子からの手紙についての実例
実例15については自由記述という形で回答してもらった。
今回の調査では日本人もタイ人も同様に、「鼻血は出たが、大した事はなく大丈夫です」という鼻血の量が少なかったことと、「先生に対して心配しないで下さい」といった先生への配慮の回答がほとんどの結果になった。前回の調査でタイ人の間で最も多い回答は、「(鼻血は)ひどくなかった/多量ではない、等」であったが、日本人の間では、「大した事はなかった、等」「大丈夫」といった解釈が最も多かった。このことにより、堀江・インカピロム・プリヤは“タイ人と日本人とでは相違があることが見て取れる”(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.43)と述べている。しかし、私は相違があるとは思わない。確かに「(鼻血は)ひどくなかった/多量ではない、等」と「大した事はなかった、等」という回答の言葉は違うが、言いたいこと、その言葉が意味するものは一緒であると思うからだ。また、今回の調査でも「鼻血は出たが、大した事はなく大丈夫です」という回答が多く、日本人もタイ人も同じような回答をしたことも私がそう考える一つである。言い方は違っても両者とも伝えたいことは同じで、「マイペンライ」の解釈も同じであったと私は感じたのである。
その他の両者の回答としては、「鼻血が出たけどたいした事ではなかったで、先生はどうぞ気にしないでください」「ご心配なく先生に心配をかけたくない」など先生への配慮、心配をかけたくないという気持ちもこの「マイペンライ」は意味していると言える。やはり、遠くにいる先生に心配をかけたくないというのは日本人もタイ人も同じなのである。この項目は自由記述方式でアンケートをしたにも関わらず、日タイで解釈の仕方にさほどの違いがなかったことを私はうれしく思う。
2.「マイペンライ」とはどういう意味なのか
実例16は日本人を対象に自由記述方式で調査をしたものである。
また、前回の堀江・インカピロム・プリヤの調査にはこの実例はなく、今回の調査でより日本人の解釈している「マイペンライ」とはどういうことなのかを理解するために設けた実例である。
実例16は自由記述であり、さらに「マイペンライ」とはどういう意味なのかという漠然とした質問であったため、多くの回答が出た。調査資料の1.今回の調査データ2005年8,9月実施にまとめた分析表は、回答の中で多かったものである。その中では「大丈夫」という回答が一番多かった。「大丈夫」という言葉はいろいろなシチュエーションで使うことができ、シチュエーションによっては、「どうでもいいよ、できるよ、そんなこと」などの否定の意味と「心配しなくてもいいよ」「気にしなくても平気だよ」などの肯定的な意味がある。この実例で多くの人が答えた「大丈夫」がどちらの意味なのかはわからないが、一般的にタイ語を少しでも知っている人は初めに「大丈夫」の意味だと回答することが多い。この結果もそれに基づくことだと思う。日本語の「大丈夫」も多くのシチュエーションで使うことができるため、「大丈夫」以外にも否定的に解釈した意見と肯定的に答えた意見が出た。しかし、気になるのは否定的に「マイペンライ」を解釈した人が多かったことだ。私がタイ人の友人に「マイペンライ」の使い方と意味を聞いたところ次のような例を挙げて説明してくれた。
(1)Aが沢山の荷物を持って事務室に向かっていた。するとAの友達Bが通りかかった。
B:「沢山の荷物を持ってどこに行くの?」
A:「事務室に持って行くの。」
B:「半分持って行ってあげようか?」
A:「マイペンライ」
この時の「マイペンライ」は遠慮の意味。
(2)Aは友達との約束時間が近づいていたので、急いで道を歩いていた。すると通行人のBに当たってしまった。
A:「大丈夫ですか?」
B:「マイペンライ」
この時の「マイペンライ」は、少し痛いけど大した事はないし、相手は急いでいるようなのでもめていたら時間がかかるので、相手のために気をつかった。
(3)AとBとCは会社の同僚である。仕事が終わったのでAとBは今からご飯を食べに行く。そこで、Cを誘った。
A:「Bとご飯を食べに行くの。一緒にご飯を食べに行かない?」
C:「マイペンライ」
この時の「マイペンライ」は、用事があっていけない時などで、人の行為(気持ち)を断る時。
一緒に行きたくない時。
他にもあるが、このような感じである。
(1)(2)は肯定的な「マイペンライ」である。そして(3)は比較的否定的な意味である。しかし、私のタイ人の友人は(3)のように自分のために「マイペンライ」を使うことはあまりなく、行きたくないときは「行かない」とはっきり言うと言っていた。また、「マイペンライ」はいい意味合いで使うと言っていた。しかし、日本人は「マイペンライ」を日本語の「大丈夫」に置き換え、その中でも否定的な意味を選択し、解釈している人が多くいるのである。「婿殿のチェンマイ日記 タイ人になろう」の著者、坂田米夫は次のように「マイペンライ」について述べている。
“「マイペンライ」は、気にしなくてもいい(ささいなことだ)、というような意味。問題ない、何でもない。大丈夫だ、どういたしまして、などいろいろな場面で使われる。
そしてこの「ささいなこと」の範囲がおそろしく広い。待ち合わせの時間に3時間遅れるなどは、とうぜん「マイペンライ」。気分が変わったり、雨が降ったから連絡もせずに行くのを止めても「マイペンライ」。客の注文や、仕事の命令を忘れても「マイペンライ」。夜の国道を無灯火のバイクで逆走するのも「マイペンライ」。このような「ささいなこと」に腹を立てるものは、タイではマトモな大人として見られないから皆安心して「ささいなこと」ができる。タイ人は広い心でお互いのわがままを許しあっている。”(坂田米夫,2000,P.201)
これではあんまりであるとしか言えない。確かにタイ人は日本人よりも広い心でお互いに生活していると私の経験上、前にも述べたようにタイ人の国民性である“人生は楽しむべきもの、トラブルや失敗をあまり深刻に考えない”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.373)ように言えると思う。しかし、小さなことに腹を立て対立していても何も生まれないから、そういうことは止めにしようというタイ人のよい考え方であって、その寛大なところに日本人は惹かれてタイに足を運ぶのだと思う。であるからそういう風に解釈し、タイ人をひとくくりにまとめることはタイ人に対して失礼であると私は思う。また、今まで私が実例をあげて調査し、述べてきた実例1〜15までの友人間、先生と生徒の間、タイ社会、会社の中で、雇用主とメイドの調査を見れば、坂田米夫が述べているようなことは認められていず、決してこれが「マイペンライ」の意味ではないことはわかっていただけると思う。日本人とタイ人は使う言語、文化、常識とされていることが違う。その習慣の違いを理解し、認め合って、許しあって生活していかなくてはならないと私は思う。習慣の違い、言葉の詳しい意味がわからないことにより、嫌な思いをしたりするかもしれないが、特にタイに住んでいる日本人には広い心を持ってタイを受け止めてほしいと思う。
今までは「マイペンライ」を否定的に解釈していた回答について述べたが、日本人の中には肯定的な意味、否定的な意味の両方を感じている意見も以下のように多くあった。
“「相手に対してごめんなさいと謝る(従順)」「相手に対して気にしないでと気遣う(相手を思いやる)」「相手に対して何をそんなに怒っているのよと気持ちを返す(やや不満、反抗的)」「成るようにしか成らないと自分を慰める」等々「マイペンライ」という語にはとても広い意味を持っていると思う。従ってアンケートの設問についての回答に大変苦慮した。”(駐在員1年6ヶ月)
“日本人からすると非常に不思議な言葉。その時々のシチュエーションの中で、意味を考えなくてはならないので、それを間違えると誤解や混乱を招く。反面、使い方がわかってくると実に都合のいい言葉。意味は一言では言えない。”(プランナー3年)
“日本語の「大丈夫」「気にしないで」などに相当するもの。相手との間に起こりうる感情的溝や対立を解消するための便法であって直訳できるような意味はない。”(8年以上)
“「相手を思いやるとき」「自分の失敗をカバーするとき」「相手の立場に立って慰めるとき」など、一言では表現できない。時と場合により意味が異なって表現される。その場での解釈が必要。”(自営業14年)
“「いちいちそんな細かいこと気にするな」「最後に張尻が合えば別にいいじゃないか」「なんとかなるさ」「本当に気にしていませんから大丈夫ですよ」「気楽にいこうよ」「(軽い)すみません」「自分の非をごまかしたり、責任逃れするとき」「険悪な雰囲気を緩和させたいとき」「相手にも自分にも寛容な気持ちを求めるとき」「相手の思いやりを示すとき」”(主婦5年)
このように「マイペンライ」は否定的な意味、肯定的な意味の2つを持ち、日本語の「大丈夫」のようにその状況やシチュエーションによって意味がかわるものなのである。そして、一言で言えない表現であり、さらに調査を進めればまた新たなこと、詳しい詳細がわかってくるである「言葉」であると言える。
≪引用・参考文献一覧≫
堀江・インカピロム・プリヤー.(2000).日本語と外国語の対照研究Z マイペンライ(2).国立国語研究所.
G.P.スケーブランド S.M.シムズ.(1995).カルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕.大修館書店.
坂田米夫.(2000).婿殿のチェンマイ日記 タイ人になろう.株式会社四谷ラウンド.
■調査資料
1.今回の調査データ 〜2005年8,9月実施〜
≪回答者のデータ≫
1.年齢
| 日本人 | 人 | % | タイ人 | 人 | % | |
| 10代 | 3 | 4.2 | 10代 | 5 | 5.7 | |
| 20代 | 21 | 29.2 | 20代 | 50 | 56.8 | |
| 30代 | 23 | 31.9 | 30代 | 11 | 12.6 | |
| 40代 | 5 | 6.9 | 40代 | 3 | 3.4 | |
| 50代 | 13 | 18.1 | 50代 | 0 | 0.0 | |
| 60代 | 4 | 5.6 | 60代 | 0 | 0.0 | |
| 70代 | 2 | 2.8 | 70代 | 0 | 0.0 | |
| 無回答 | 1 | 1.4 | 無回答 | 19 | 21.6 | |
| 計 | 72 | 100.0 | 計 | 88 | 100.0 |
2.職業
| 日本人 | 人 | % | タイ人 | 人 | % | |
| 会社員 | 18 | 25.0 | 会社員 | 22 | 25.0 | |
| 公務員 | 0 | 0.0 | 公務員 | 2 | 2.3 | |
| 教員 | 9 | 12.5 | 教員 | 3 | 3.4 | |
| 主婦 | 9 | 12.5 | 主婦 | 0 | 0.0 | |
| 学生 | 13 | 18.1 | 学生 | 13 | 14.8 | |
| 無職 | 10 | 13.9 | ||||
| 従業員 | 20 | 22.7 | ||||
| 販売員 | 5 | 5.7 | ||||
| その他 | 7 | 9.7 | その他 | 1 | 1.1 | |
| 無回答 | 6 | 8.3 | 無回答 | 22 | 25.0 | |
| 計 | 72 | 100.0 | 計 | 88 | 100.0 |
3.年齢
| 日本人 | 人 | % | タイ人 | 人 | % | |
| 男性 | 39 | 54.2 | 男性 | 30 | 34.1 | |
| 女性 | 32 | 44.4 | 女性 | 47 | 53.4 | |
| 無回答 | 1 | 1.4 | 無回答 | 11 | 12.5 | |
| 計 | 72 | 100.0 | 計 | 88 | 100.0 |
1-1.集計結果分析
1.友達との間で使われる「マイペンライ」
実例1.映画の約束-1
≪会話文≫
友人と映画を見に行く約束をしたが、友人は待ち合わせた時間になっても現れなかった。約束の時間より、20分遅れて友人はやっと現れた。映画はもうすぐ始まる。
待たされた友人「(不機嫌な顔で)なんでこんなに遅れたんだよ。もう間に合わないじゃないか。」
待たせた友人「(平然とした顔で)マイペンライ。タクシーで行けば、5分もかからないよ。」
(1)この友人の対応の仕方はタイの社会ではよくあることですか?
1.集計結果
| 日本人 | 人 | % | タイ人 | 人 | % | |
| 非常によくある | 29 | 40.3 | 非常によくある | 45 | 52.9 | |
| ときどきある | 27 | 37.5 | ときどきある | 33 | 38.8 | |
| ない・聞いたことがない | 6 | 8.3 | ない・聞いたことがない | 0 | 0.0 | |
| あまりない | 8 | 11.1 | あまりない | 5 | 5.7 | |
| めったにない | 0 | 0.0 | めったにない | 2 | 2.3 | |
| その他 | 2 | 2.8 | その他 | 0 | 0.0 | |
| 無回答 | 0 | 0.0 | 無回答 | 3 | 3.4 | |
| 計 | 72 | 100.0 | 計 | 88 | 100.0 |
2.分析
「非常によくある」と回答した日本人は全体の40.3%、「ときどきある」とのは全体の37.5%。両方合わせると全体の77.8%。
「非常によくある」と回答したタイ人は全体の52.9%、「ときどきある」との回答は全体の38.8%。両方合わせると全体の91.7%。
日本人もタイ人も同様に、タイ社会で実例1のようなことがあると回答した人が過半数を占める結果となった。
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